タイプ

起きたらとんでもない時間だった。 ドローイングを一枚。VANSのトートバッグの中にクレヨンだの筆だの鉛筆だの色鉛筆だのが何の脈絡も無く入っているのを見ると、絵を描くっていう行為に対して論理的に、というか、整理して向き合う気が無いんだなと思う。そして、それで良いんだと思っている。自分のやっていることよりやっていないことの方が理屈としては良くわかるものなのかもしれない。 やればやるほど知識としてはわからなくなっていくのですな。 知識から知恵になるのかも。もしくは、身体の感覚となって、自分に刻まれていく。 

でも、ギターの教則本なんかについてくるDVDとか、こうやってプレイするということをわかりやすく解説している人もいるので、やればやるほどわかっていく人もいるのかもしれない。2つタイプがあるのだな。そこを押さえてジャーンとやるんだとしか言えない達人だっているはずなんだ。

感覚に言葉がついて来れない状態を常に作っていたい。いくら言葉を書いても少ししか感覚に近づけない状態にいたい。
“慣れ”っていうのはタダの麻痺かもしれないとずっと思っているから、ノウハウみたいなのは1度作ったらそこから離れたい。離れなくとも、それとは別のこともやるっていうこと。 いまスプーンで音楽やりたいもん。身近な生活品で作れる音楽っていうのに興味ある。絵もそうで、誰々も使っているやつとかではなくて、自分が慣れ親しんだ100均の筆ペンとか、普通の鉛筆とかで良い。そういうのが良いんだ。豪華なステージとか大きなキャンバスとかではなくて、生活感みたいなものが生活している人だけの為のものから進化してエンターテイメントになったり、文化になっていくことに今は興味がある。ポテズは果たしてそういう試みになれているだろうか。