tomorrow never knows

そういえば昨日、高円寺でex4を見たりする間、やたらと電車に乗った。名前聞いたことない駅まで行って帰ってきたりするのは楽しいなー。 その間、北米インディアン生活誌を読んだ。ずっと前に買ったけど読めてないやつだ。とても分厚く、文字も多いので、まだ半分も読めてないのであるが。

とことんとことんグローバルになって、先進国の人たちはパソコンの前で同じような暮らしをしている気がして、、、、
グローバルの美しさはローカルの美しさと相容れないものだろうか
自分が昔考えていた小説では、地域性がとても顕著で、 車で走ってはいけないエリア  酒を飲んではいけない町 禁煙という概念が無い街 若者は入ってはいけない街 などなど、地域ごとに明確な特性がある世界を想定して、その中でどういうドラマが起きるかっていうやつだ。 結局書けていないのだけど。  今やマサイ族がジーンズ履いてiphoneでgoogle検索してるんだってね。 自分たちのことは他の人たちにしかわからないのかな。 いや、そうではなくて、自分が勝手にネイティブアメリカンの人 とか、 アラビアンナイト! とか、、 ひいては 男 とか 女 とか LGBT とか、そういうものに対してイメージを持っていて、そのイメージが崩れると地域性がなくなったとか個性がなくなったとかグダグダ言い始めるのかもしれない。 
なんだこの散漫な文章は。言葉を書くって断片でしかできないなー。それでコラージュしていく感じがある