隙間を埋める

宮台真司さんの話にとても感銘を受けた。 イデオロギー的な運動は個人的な問題に帰結できる可能性が高いという話。
なんというか、個人的には、完全にそうだと思った。 世界を変えようという運動があったとして、その本当の本当の動機には例えば、恋人がいない、周りとソリが合わない、仕事がうまくいかない、家族と話が合わない とか、そういうさみしい気持ちから流れてきた人達が沢山いるってこと。その隙間を埋めてくれるものを探す。 それは何なのか。別に悪いことではなくって、誰でも少なからずそうしている。 その矛先を何に向けるか。 それが無い人は多分いない。 その、向かう先で、市民の代弁者にもテロリストにも成り得るのだ

その仮説に依るならば、やっぱり見るものは良いものにした方が良い。 それでもって、「何かを作る」というのはさみしさやあらゆるネガティブなものを解消し、自己完結できる、他人に見せることもできるような素晴らしいものだと思った。
グラフィックデザインの学校では「目的があって作る」のだったが、自分はどうも「何かを作る」こと自体を目的としているような感じがある。別にそれで良いな。自己表現欲求というのが誰にもちゃんとあって、一番簡単に解消できるのは何か自分のものを作ることなのだと思う、 しかし、あんまり気づかれていない。 皆、なんとか政治を通して、お金の使い方を通して、SNSを通して、自分の跡を残したいと思っている。 

跡を残す一番簡単で誰でもできる方法は紙に何か描くこと。