スリッポン

8月はあんまり絵を描く時間無いな,, 絵やっちゃうと他のことどうでも良くなってしまうので,, 大宮さんに頼まれているスリッポンだけ描こうっと。 こうやって頼んでくれたの嬉しいネ。何か感じてくれたってことだと思うから。良いの描くです。 靴に描くのって初めてなのです。

勉強の期間になるなー。 web制作にしても、作家にしても
今更こんなことを書くのが恥ずかしいけれど、美術手帖がとても勉強になります。知らない作家を知れるのが楽しい。 即グーグルで検索します ちょっと思ったけれど、上の世代の人の方がデジタル的なもの、科学を表現に取り入れている人が多いのかな。 宮島達男さんのLEDの作品とか。 勝手な推察になるけれど、今20代くらいの作家というのは、電気とか、科学、デジタルみたいなものに幻滅している人が多いと思う。科学なんてこんなもんだったのかと。でも、20世紀も同じような流れ、所謂科学にアートの未来をかける人と、原初的な欲求に未来をかける人がいたわけで、歴史は繰り返してるな。あとは、マルセル・デュシャンやラウシェンバーグを初めとした、美術、芸術とはそもそも何かということを問う人。こういう人達はむしろアウトサイダーから主流になっているようにも感じる。 でもそういうのって、、 美術館に便器を置くとかって、美術館は絵画を展示するというような前提があったから凄まじいカウンターとして働いたわけで、今、やや何でもありになっている所にそれをやるのは違うという気がする。 だからこそそこから発展させて、文脈とか歴史を考えて更に美術的価値があるものを作ろうみたいにやってるのかもしれない。

でも、そういう教条主義に合わせるようなことを自分はやっていけないわけです、なぜかというと、やっぱり、歴史なんかの知識が無くたって、普通の女の子とかが、これ良いねみたいに言う気持ちを無視しちゃいけないと思うからです。 そんだけ学んだからには、少しベクトルを一般的な感覚みたいなものに合わせていってやっていくことだって出来ると思うし、僕はそうやっていきたい。自分の場合はそうでなければ嘘。

バンクシーみたいな人が最高と僕は思う。視覚的なインパクトや技術を持った上で新しかった。あとは、単純に格好良いよね。僕は格好良いの好きだ。格好良くなりたいもん笑

あ、これは、絵だね。 いくら学んでもバカみたいにやってたい