セミが死にかけている9月

3日間この日記を書けなかった。新しい人 で買ったジャズ・カントリーという小説を読み終えた。

失敗した演奏の逆の言葉は、アツい演奏 だ。 絵も然りで、完璧な絵なんてものは存在しない。 どうやってスウィングする とか 魂がある とか 現代風に言うと 持ってる 絵に近づくか。

わざわざ絵を描く時間を作っているわけではないけれど、一日の中で無性に絵が描きたくなる時があって、その時には他にやることがあっても描きはじめてしまうので一日に一枚はドローイングができる。 この調子で地道に描いていこう。どうせその先にしか道は無いのだ。 ジャズ・カントリーという小説の中の考え方では、演奏の練習が人間と付き合う練習でもあり、生きる上での哲学を磨くことでもあり、、というような感じで、全てがつながっているというような感覚を持っている。 これを僕もずっと持っている。 やり続けて歳をとりつづけていくにつれて、音楽を聴いても、この人達は本気でやっているんだな、とかそういうことが朧げながらわかってきたような気がする。ダンスでも、映像でも、なんでもそうかもしれない。 そう考えると、スポーツみたいなものとの共通点もあるかもしれない。 体操選手とかが野球の練習したらけっこう上手くなる気がするもん。運動神経みたいなイメージか。

サンカクヤマで、大竹伸朗さんの、ネオンと絵の具箱というエッセイ集 を買う。 つらつら文を書き、絵を描き、ぽてぽて散歩して、ノートにぺたぺたはりつけて、写真を撮り、誰が見るとも知らない本を作って。 という感じで、生活っていうのは地味なものなんだなと思う。 僕もやり続けようっと。出会いは地の果てからでもやってくる