場所

インプットだけではなく、アウトプットも日本の中にだけ目をむけているのではダメで、作るもの自体は非言語的なものを主体にしている以上、所謂音楽とは違い、異国の方がやっていくハードルが低い可能性すらある。 英語圏の国々はハイコンテキスト文化と言われている以上、何を表現しているのか、どうしようとしているのかというテキストも持っていないといけないけれどね 作る上で自ずとできてきた日本語から英文をおこしていく。 しかしそれは単純な翻訳作業とはなりえない。 先にできた日本語とも関連して、また別の言語ができるイメージ。

日本語→英語→日本語α(リクオ語)となる。
さらに洗練されたテキストができていくということ。
日々この日記をつける中で、キーワードとなる単語や概念を覚えておく。それを英文に編集してみる。

どの国へ行くかというのは目標として考えるなら抽象度が高すぎるのでNGなのである。どの国ではなく、どの場所に行くかという風に考えるべきだ。4月に茅ヶ崎市から杉並区に自分は来た。これを日本から日本に来たという風には言わないだろう。 それと同じく、ヨーロッパに行くとかアメリカに行くというのは違う
ヨーロッパという地域もアメリカという地域も存在しない
どういうエリアに行くのかだ。
これは実際に住んだ人や行った事がある人から知るのが一番だ。
ただ、これは自然が豊かで牧歌的な場所やニッチすぎる地域になるとは考えていない。つまりは人の多い場所。人が来ない場所に絵描きとしてわざわざ行くほどのストイックさを今の自分は持っていない。そういうのは歳をとってからにしたい。歳をとったらピグミー達に会いに行きたい。
ピグミーを知らない人はこの映像を見て欲しい。日常が音楽と化しているのだ

脱線しそうなので無理矢理戻す。人が多いとは、外国人の多い所だ。ややこしいが、自分から見て外国の外国人が多い所、ということ。インド、中国的な多さとはまた違ったものだ
外国人の少ない場所は観光地として行くのは素晴らしい体験になるけれど、何かアクションを起こしていくにあたっては入り込めない難しさがあると思う。
そう考えると好んで行く場所は自ずと限られてくる。
ベルリン、アムステルダム、ニューヨーク、ロンドン、、なんとなく、移民が入り込める隙間があるような人種的カオスさを持った街
行きたい理由は馬鹿らしいほど単純で、自分が表現したものを、オマエサイコーだぜって言って買ってくれる人をこの目で見て、これでどこでもやっていけると思いたいからである。
理由はこの位シンプルの方が良い。まだ言語化されていない影の理由もある気がするけれど。

ここはこういう場所。というのがあっても、自分の趣向性方向性が分かっていなければ、その場所が合うか合わないかなどわからない。好みや望みを知らなければならない。 いきなり、台湾のミュージシャンから、リクオ、ジャケット描いてくれみたいな電話がかかってこないかなと思いながらタバコを吸っている時がある。
あ、それが望みだ。「美術」とか「芸術」と関係の無さそうな精神的な場所でお絵描きしていたいということ。
美術部に入って美術大学とか目指すのではなく、バスケ部に入ったくせにロクに部活も行かずバンド活動に熱中し授業のノートをとるフリして自分たちがだすアルバムのジャケットを描いているような高校生を今でやっていくイメージ

思いのほか、具体的なイメージがあった
別の場所に行ってもパブリックな美術館や博物館は、一応行ってみっかみたいな心半分の状態でいて、本当に大事にするのは、何かをやりたくなっちゃった人が絵を描いたり歌ったりしてみました みたいな場所。
どこにもピックされなくても、行った人は皆アツいと思っていたような、あの場所。ある意味、学校のお祭りみたいな。メディアが、あの高校の文化祭がすごいとか言うことはない。 その感じをやっていきたい

web媒体の重要さに少し気づいた。絵を送りますは難しくても、URLを送りますは一瞬でできる。基本的にどこからでも見ることができる。紛争中の国の人がポテズを見ている可能性すらある!!
web上にアーカイブを残していなければ、それはあり得ないことであった。存在しないテレビのチャンネルを見ろと言っているようなものだ。
日本というエリア意外のことも考えてこのwebサイトのリデザインを重ねていこう。これは地道に。なんか言葉にしていけばなんとかなる気がしてきた。

と、眠気眼で6月30日の朝、高円寺の上島珈琲でノートに書きました。 今日はトイカメラ用のフィルムを購入。