写真か

作品としてのドローイングのペンが止まった感じがあるので、昨日から都市牧歌の為に取り貯めた写真を整理している。個人的に、ドローイングは画用紙にしたものよりも、洋白紙-最厚口にしたものの方が良いなと思った。
都市牧歌用にiPhotoに取り込んだ写真は392枚。 その他、取り込めていない写真もあるので、全部で450枚くらいになるだろうか。 これらを30ページくらいにまとめたい。ドローイングだけのページを作るか、全て写真の上に絵を描いたものにするか。 昨日夜は、少し写真史の勉強をした。 森山大道や中平卓馬らが所謂”良い写真”に対抗して
アレ・ブレ・ボケということをやっていることに興味を持つ。そのことをはじめた当初は格好良いラディカルな表現だったのだけれど、段々と色々な人に真似をされて、少し、”格好悪い”手法になってしまう。

このことは、一つの事実を示していると思う。それは、美学的なものにおいては、”良い手法” “悪い手法”というのは極めて曖昧ということだ。 その時代に、その手法を取り入れている人が何人いるか というのは何気に大切なことなのかもしれない。マイノリティがラディカルな表現を始める。→格好良いので色んな人が真似をする。→権力の参入→オワコン
というサイクルがあると思う。

そんなことはどうでも良いや。兎に角、写真を選ぶ作業に何らかの哲学を持ってやっていきたい。正直なところ、撮る作業より選ぶ作業の方が難しい。 さらには、その上にドローイングをしていくので、写真として良いものが最終的に裏目にでる可能性だってあるし。

意識としては、30%コンセプト、70%が空っぽの状態で作りたいな。テキストありき、理屈ありきのものは作りたくないと思う。100%コンセプトみたいなやつね。 音楽では、ピンク・フロイドの”狂気”みたいなコンセプチュアルな音楽は好きだったけれど、それはコンセプトが優れていたからというより、音楽として良かったからだと思うな。 同じ前提に立たないと見ても、聞いても意味がわからないものは作らないようにしよう。都市牧歌は2月終わりには完成させようと思う。