むかしむかしのなにかをつくった人

まだあれを作った人は生きてるのかという話をする時があるね。 ゆとり世代なのでGoogle検索します でも、検索のボタン押す前にそんなことどうでも良いってことわかってるヨ
「生きてたって死んでたってどうでも良い」というのは過激な響きだし、語弊があるように思うけど、真っすぐに感じることはそういうことです 今 生きてようがそうじゃなかろうが僕はその人にくらったんだ きっと意識していないだけでその人の考え方、世界の捉え方が自分の中に少しだけ浸透している あなたが昔作ったなにかを僕が手にとったその瞬間からその人は遠い遠い兄貴や姉貴になる 血の縁ではない感性の縁がある 強度を持ってその時代を過ごした人は、そして、何かを残した人は自分が無き後も影響を持って色んな人の頭の中に住んでる。 その人が何かを残す。 その全く逃れられないルーティーンの中に自分もいるのなー 影響子孫の末裔です

小学生の時に図書室の伝記を読みあさってたのが、未だに気持ちに残ってる 三つ子の魂百までですか たぶん、どういう人生が今まであったのかとか、そういうことに興味が強くあったと思う 暮らしや生まれてからの流れを人と比べるのはあんまり良くないですが、やってしまうのが人間でした 結局いくら自分が悩んでももっと悩んだ人が歴史の中の市民にいたわけです そうやって、大したことねーやを繰り返して暮らしてきた 間違ってもクラスメートと比べちゃダメです
もう自分はコトを為すのに時間がかかることを本当の意味で理解した。 つまり、成し遂げるまでは全てを我慢するみたいな受験生テンションじゃ全然だめでーす 時間がかかるのを楽しんでしまえば良い。 自分の中で満足できるようなものを淡々と残していくです 今はそうやって生きてる仲間もいっぱいいるでーす まぁでも仲間ありきではじまってないことは確かで、それは自分で自分を褒められる数少ないポイントである。 絵を描くなら仲間を作るんじゃなくて絵を描かなきゃいけないわけで そこからできた友達というのはかけがえの無いものだけど 一番最初にはやっぱり自分がやることがこないといけないと思うのです