次の個展

散歩中に次の展示をどうしたいかというのをなんとなく決める。どんだけ散歩好きなんだ。。
やっぱり、繋ぐということをしていきたい。その為に本が必要になるのだけれど、どうも計画すればするほどプロダクトに対して気合いを入れすぎる傾向があるらしく、去年の7月にはじめた絵本は9月で止まってしまっているし、、 もう少し、気を抜ける場所としてできるポイントを意識していかなくては。 というか、意識していないポイントを作れば良いのか?? 禅問答である。

ロスで一緒に踊っていたガブリエルという友達は、歌を歌い、ダンスもやっていて、絵も描いていた。日本人の僕から考えると、かなりのマルチプレイヤーである。ガブリエルは結構熱心なクリスチャンでもあった。 
しかし、彼が表現するものを見ると、クリスチャンとしての要素は薄く、むしろそういう雰囲気を意識して避けているような感じがした。   本当に大切なことは心にしまい、2番目に大切にしていることを僕には想像もつかないような圧倒的な1番目の喩えとしてやっているのだろうか?

僕個人としては1番目に近いものが沢山あるだけであり、何かドンと背中を押してくれるものも無ければ、退く理由も無いという状況が延々と続いている。

本以外の作品。キャラクター性を排して、素材を気にしていきたい。それは今まで、二択三択であったものを、もっと外を見ていく感じで、例えば前回の個展はレザー、合皮のキャンバスがあったんだけれど、あれは良かった。ああいうイメージを並行移動させて、ポリエステルであるとか、鉄とか、ガラスとか、そういう所まで広げていけたら良い。

実際、絵でも描かなければキャンバス地というのはそんなに人にとって馴染みのある存在では無いのだし、まあ、キャンバスの靴とかはあるけれど、  そう考えるとレザーやガラスの方が”繋げる”素材として存在する可能性がある。 それは、意外性とか、サンプリングを使うミュージシャンなら、遠いジャンルのものをサンプリングするのが面白いみたいなことでもなく、日常的な既視感とそれに対する新しさを持ったものが作れたらと思う。 ちょっとこのアイディアは置いておこう。 また計画し過ぎ、策士策に溺れる  が、とりあえずの策は必要である。  何の策も無い自由さに溺れてしまう人も見たのであり、白黒つけず、グラデーションの中を頑張って移動していきたい。

半分は考えたこと、半分は空白のままを 言わないことは言うことの一つでもある