意味

エッセイにも書いたけれど、ポテズムービーを作りたいと思っていて、そこで重要になるのが、意味になる前の言葉なんです。 「ガッ!」っていう言葉で気持ちを伝えられるかを実験していきたい。これには協力してくれる人が必要になる。 段々と、協力してくれる人がいないと成り立たないモノもでてきて嬉しい。 「皆様のおかげです」は、社交辞令としか思っていなかったのです。

いま不本意なこともあるけれど、望みにかけてできていること。それには色んな人が関わっていて、すごく良い。

でも、最初は、理解者0な完全な一人からはじまる。 そこからはじまったし、今も継続している、継続だけが力になるな。 才能っていう言葉をポジティブにもネガティブにも捉えないで、継続に意識を集中していく。 仲間っていう言葉も意識しないで、継続に意識を集中していく。 仲間は大事だけど、ハナから仲間頼りだったりする集まりとかはダメだな。少なくとも僕は一度もそういう形の良い集まりを見たことがない。 ルフィーがゾロを仲間にしたのは、ルフィーが半端じゃ無かったからだ 今後ルフィーがへたれれば切り捨て御免される可能性有り。

そんなことは置いといて、何枚か 意味になる前の言葉についてのドローイングを描いた。言葉の無いポテズに慣れていたからか紙の上に新鮮な風景が広がっている。絵はそれなりに良い感じになっているけれど、文字の描き方はまだ洗練されていない。これが良いのか。悪いのか。 稚拙なことは悪いことじゃない。
ただ、感覚的なものがその描き方で伝わっているのかは意識する必要があるな。

意味になる前の言葉っていうのは、その言葉の通りに捉えれば、原始的なものとなるのかな。原始人が最初に必要だった言葉、、もしくは、初期に必要だった”意味”というのは、YESとNOだったと思う。これが無いと中々、生活をしていくのが難しいのは人間が肉弾戦でマンモスと喧嘩してもすぐにぶっ殺されるからです。
そう考えると、意味になる前の言葉っていう文章も違う気もしている。”抽象としての言葉”とか、”音楽としての言葉”と言った方が良いのか? YESかNOかは仕事の言葉 プライベートな空間での言葉はもっと曖昧なはず。
あんまり納得していないけどYES わかっているけどNO みたいな言葉が気になる

そうです。”気になる”だけ。革命的な解決策の発明じゃなくて、日常の新しい知覚をしていく。 本当は日々の中でそれが既に起きていることをわかっていないのだ でも本当は日常の中にあるそれを発見していくだけでおのずと解決策が発見される。 既に起きたことを発見するために学ぼう。有り難いことに情報はある。今までどんな人達がいたのか、どんな時代があったのかを理解することができるのならそれをやっていくしかない。
文章が変なのは眠いからです。少し昼寝して、プログラミングをする。