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入居を希望してたシェアハウスの方から連絡があって、住んで良いという。有り難い気持ちでいっぱいの朝。 いつもギリギリの所で救われる運みたいなのを持ってるなぁと思った。 それだけはけっこう信じられるな

アルバイト・正社員募集 みたいな張り紙が近所にあって、例のごとく、・明るい方 ・コミュニケーション能力がある方 みたく書いてあった。まったく、そういうコトに曖昧な言葉使うのは好きじゃない まだ、大学を卒業している方 とか、40歳以下の方 とか、ズバッと書いてあった方が気持ち良い。
そこに、「暗い方」なんて書いてあったらむしろすごい応募が来るんじゃないかと思ってしまう。 言葉は大切だけれど言葉は1度疑ったことが無いとダメで、言葉をポジティブとネガティブの二つのジャンルに分けて、無条件に言葉を受け入れてしまうのは良くない
何か書く時、描く時、言葉を話す時、必要に迫られてそうなってしまうことはある でも本当に、頭の中での言葉、そうでないなら感覚としてそこまでしか、広告のキャッチコピーくらいのことしか考えていないとしたら、考えるのが苦手なら感じているとしたら、麻痺しているんだ

コミュニケーションの力というのは自分もテーマになっている。だからこそこのwebサイトもあるわけだし。
何人友達がいるか、とか、どんな知り合いがいるか、とか、如何に人を説得するのが上手いかとか、そういうことではなくて、どのようなコミュニケーションを目標としているかを考えていこうと思っている。 僕は自分の作ったものが褒められるとかじゃなくて、それによって何かに繋がったりする瞬間の方が好きです

飲み屋に行った時。隣の人は、まぁ、しがないサラリーマンですわみたいに言ってた。その人に僕は絵を見せた。5分くらい経った後、僕、小説を書いていると言った。 絵を見せなければ、そのことは言わなかったはずだ。
絵を描いて暮らすという行為自体に興味がある。その時、周りの人は大抵、自分よりも社会に合っている人だ。僕はそんな人の中に、本当は馴染めない気持ちがあったり、お金だわーと言っていても必ず苦しさがあることは知っている。
そこに、外れた人がいる時どんなことが生じるか

自分の中で見たい景色、歩いていきたい道は東京での生活でより確かなものになってきた。 気持ちを込めて何かを作る。それを気持ちのこもった何かと交換する。気持ちのこもっていないお金もあるし、気持ちのこもったお金もある。 小学生みたいな話になるけど。 でも、貰って誇らしさを感じるお金となんとなく嫌な気持ちになるお金があるはずだ。
好きなバンドのCDにお金を消費した時と携帯代が残高とかいうのから差し引かれることのちがい。
複雑なことは考えるだけにして、生活自体はシンプルにしたい。 アートワークを世の中にだして、良いと思った人、そうでなくても可能性があると思った人が応援してくれるっていう それだけやっていきたいな