まぼろしの郊外

日記を書かない日は作ってはいけないのだが、何にせよ忙しかったのである。そんな72時間の隙間に多くのことを発見したのであった。 だけどまだ言葉にできないことも多い。とりあえず、自分のアートワークに対する意見として、ポテズの中に文字を入れた方が良いというのは多くある。 ここは悩みどころである、コミックというよりは絵画であると考えている節もあるので、言語を入れることによって”絵”というものでなくなってしまうのであればそれはやらない。兎に角4コママンガというのは描けるスペースが小さいのである。 だからこそ絵本のようなある程度のサイズ感があるプロダクトはしっかりと哲学を持った文字を入れていく。絵の邪魔をしないで、絵の魅力を引き出して、絵を支える言葉。そう、絵と言葉が同居するモノは絵が言葉を支えて、言葉が絵を支える。今はまだ支えなしに独立していても良いタイミングなのだ。 この日記とポテズは別居している、しかし仲が悪いわけではないんだ。

本題。
藤森祥平君の音源、まぼろしの郊外を買った。アートワークにこんなに知っている人が絡んでいるものがタワーレコードという場所に置いていることはすごく新鮮だった。ジャケもむちゃくちゃ格好良い。ブックレットの中に入っている写真も。この精神性でやっていけるということを証明してくれた友人に感謝。音もすごく良い。全編、同じ藤森君のテンポが流れてる。こうやってゆったりとした流れを途切らせることなく10曲通すことはすごく勇気の必要なコトだと思う。一つのアルバムに自分の中の色んな面を入れるんじゃなくて一つのアルバムに一つの藤森君が入っている 僕であれば10曲入りのアルバムを作るなら10人の守屋陸央を入れようと思ってしまう それはきっと未熟なのだろう 自分が作った一つのスタイルみたいなものを本当の意味で信頼できていない。そう考えると、自分が今ポテズ4コマに向き合っている姿勢というのは良い姿勢なのかもしれない。ここだけスタイルを崩していない。 ここがあるからポテズドローイングに向き合えているのかもしれない。ドローイングはこの1ヶ月で50枚ほど描けた。他の時間に追われながらこの調子なのだからドローイングっていうものに完全に集中できる1ヶ月があったらどんなことになるのだろうと夢想する。 今のお前はそういうタイミングじゃないんだと言われている気がするので、今はこれで良いんだけど。でも、今後はこの調子じゃダメだね。 師匠のいない下積みの時代を今送っているんだ

動けていない。動かなければならないのに今はしがらみがある。仕方がないと言い聞かせる。仕方が無いを長続きさせるタイプじゃないんだ。僕は必ず行動する。今はそのタイミングでない。一歩一歩でしか歩けない。今にも走り出したいけれど。早く本当の暮らしを手に入れる。その為にしてしまった時間のロスはただの時間のロスにはしない。その中でも考える。後のアクションにつながる考えを発見していく。突破口を見つけてフライング気味に走り出したらもう止まらない。偶然に向かって手描きの計画書をもって突き進んで行く。
予想よりももっとデタラメないならばそれはきっと虚しいだけ