重ねること

Beatlesの、She Loves You みたいなポップで口ずさめる曲を良いと思うのは、Strawbelly Fields Foreverみたいな前衛的な曲があるからかもしれないなとこないだ思った。 多分、どんな良い曲でも一曲じゃ伝わらないんだなぁ。
全曲シングルカットできるようなミュージシャンは、飽きる。 なんかもっとどす黒い部分とか、ぶっ飛んじゃってる部分無いのかよと思ってしまう。 あと、作家性とかよりももっと大きく、「音楽」という風に見ると、ひたすらノイズミュージックみたいなのを聞いた後のJ-POPが沁みるのは何なんだろう。毎日J-POPを聞く気にはならないけれど、たまに聞く時のあの気持ちが気になる。

理屈だらけの芸術を見て、その時はその時で、こういう、ザ・現代美術みたいなのも良いなぁと思うけれど、その後に、シンプルに上手い絵を見たりした時、やっぱりこれだろと思っている。感覚の向きが変わる。

そう考えると、重ねることが大切だな。それも僕が好きなのは、AにAを重ねてAを強化するんでなくて、AにBを重ねてそれにCを重ねて、、と、続ける。前と同じようなことをやらないでいく。
自分の構造の中のどの部分にフォーカスしていくかというのを毎回少し変えてみる。

具体的に書くと、僕が描いた絵を見て、そんな人は一杯いるよみたいなことを言う人はそれだけを続けている限りいなくならない。 絶対いねーだろと強気にいつも僕は考えているのだが、考えているだけでは仕方が無い。だから文も書き、こりゃあ本格的だみたいなコトもやるし、どうしちゃったんだというくらい適当なコトもやる。
それ、人の評価であってそんなことばっかり気にしてられないけれど。やっぱり気にかかる。 わかる人だけわかれば良いと思うことは沢山あるけれど、自分のやっているコトの全てがそんなことで良いのかと思ってしまう。

そうだ、わかる人だけわかれば良いとは思っている。しかし、AにBを重ねるという話のように、絵を描いてわかる人と文を書いてわかる人は異なるのだ。絵に文章を重ねる。絵がShe Loves Youなら、文章はStrawbelly Fields Foreverのような感じか。別にこれはムリに作った作戦でも何でも無く、自分のやりやすいやり方というだけで、そうしてやっていく生き延び方を考えて行かねばならない。

どう考えても自分よりハードコアな人達がやっているGEZANというバンドをチェックし続けていて、なんだかんだでやっぱり認めさせたいっていう気持ちを持って続けているのを見た気がしている、そうであるならば、やりたいことをやってわかる奴だけわかれば良いみたいなコトを言って評価みたいなものから逃げ続けるのはおかしいし、止めようと思うわけです。
アーティストみたいな人達は、そんなコトやり続けていることからわかるように、昔から、お前わかってねーわという気持ちを持ってたはずで、その壁に当たった時に、それならわかる人だけで良いとなるのか、わかるまで表現し続けてやるというのが、どちらが格好良いのか、どちらをやるべきなのかは自分の中で確かなモノになっている。

この後に続く文章が結局、”バランス”みたいなことになってしまって、語彙力の足りなさを感じる。。
でもバランスだな。矛盾の中の一番気持ち良い場所に足を突っ込む。 それは、違うモノに違うモノを重ねることによって作っている。 ひたすら作ろうっと。

影響を受けるモノを増やしてつなげていかないとなぁ。影響を受けたモノに頼るんじゃなくてそれを解釈していく力をつけてきている。これは続けなければならない。1度噛み砕いて作る。
結構日本は安全な国で、生きることの生々しいリアルさも良くわからないし、かといって王侯貴族的な感性があるわけでもなし、あまりにも特殊な文化もリアルには知らない、忍者みたいな人見たことないし。 だから解釈に頼るしかないのだ

奇抜なら何でも良いみたいな気持ちも、ルーツに拘りすぎる気持ちも自分は持たないで、良い加減に中途半端でやっていこう、それが本物だと今になって思う。 奇抜なら何でも良いというのは割とすぐに抜け出せたけど、ルーツに拘るというのは中々抜け出すのが難しかった。なんか格好良い気がするもん。ルーツ。

でも、自分にそんなルーツがあったものかと思ってしまう。日本人が外国ゴリ押しのモノ作って 本場 とかそういう言葉にばっかり頼ってるのはヘンテコだし、じゃあ逆に日の丸ゴリ押しみたいなことをやったとして、そんなのは全然リアルさに欠けてると思う。それは国旗とか国のシンボルだけれどそういう環境で暮らしているわけでは無いだろと、
だから”僕にとっては”みたいな、独りよがりっぽく聞こえる解釈を続けていくことが、一番良いのだ。それを突き詰めればきっと価値のある考えになる。 そこから生まれた言葉は最初はわかりにくいものになるけど、段々と洗練されていくだろう!

“難しいことはわかりやすく、わかりやすいことは面白く、面白いことは深く。”という、真島昌利さんの言葉にくらう。こんなに、2300字も書かなくても一発で伝えられる人間はいない…

難しいことにわかりやすさを重ねていく!
小さい頃、アンパンマンのテーマ曲って、なんて深いことを歌っているんだろうと思った。深いことにポップを重ねていた。
それが良かった。 あれが、まさに子供向けなチープな歌詞だったらアンパンマンは変わっていただろう。”キョロちゃん”を母親と見て、母親が泣いていたことも思い出す。キョロちゃんのあの回も深かった。誕生日にあの人形が欲しいとねだる子供がいて、その親が人形を買いに行くが、売り切れていたので親が自分で作って渡す、そうすると子供は、こんなのが欲しかったんじゃないと怒る。しかし、その後にその人形にいろんな思いがこめられていたことを知り、子供がめちゃくちゃくらい、親に謝るという回だ。大雑把すぎるけど笑
そこから僕は一時期キョロちゃんファンになったんだ。 僕は我ながら、色んなことに気がつく子供だったので、ああいう子供をなめていない、感情に訴えかける表現にはやられた。
“ちびっこ広場”みたいな場所があると、俺たちを馬鹿にしてるのか と思っていた笑