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都市牧歌用の写真をキンコーズでプリントした。デジタルでなく紙のイメージとして見ると、昔使っていた一眼レフの写真と違い、ブレやボケが目立つ。しかしながらこれを失敗と捉えず利用して制作していきたいと思う。写真はどれも感覚的には良い気がする。すごく一人であることを感じさせるような。ファキナで見たNATTY FILMの写真は、人は一人であることを感じさせるようなポートレイトだった。

撮った写真の中の共通点を探る。先ず、自分が見た景色なので、見た景色だな、と、思った。普通に。
あとは人物の写真が無い。人ごみの中にいると人に意識が向かなくなるな。新宿を歩いていて人の多さや混ざりまくった大音量の音にパニックになりそうになって、救いを求めて空を見上げると、ビルに隠れた月がいる。都市の中にいても、或は望んでその場所にいても、牧歌的な風景を見たがっている。その感覚を都市牧歌という本によって表現できればと思う。

兎に角記号記号記号。”!”#%)&0’=(|!~}*?_

これらの記号には意味がついている。しかし、”!(ビックリ)” の使い方は人によって違うし、それによって語気を強めることも弱めることもできる。 記号についた意味に絶望する時、記号の別の意味を探る。海を見たくなるのは海にいない時。

ジャンルっていう記号。ジャンルの意味を一言で説明できるならロックバンドは一つしかなくて良いし、ラッパーは一人しかいなくて良い、

絵は一枚だけ世の中にあれば良い。そんなことにはならないのは誰もが一言目を認めたくなかったり、二言目三言目を言いたくなるからだと思う。

作品用に仮のものをプリントしたり作ったりしたのは初めてで、ここには自分の少しの成長があるような気がする。前に進むためにはノウハウを作ろうとか、ルーティーンみたいなものを作るっていう意思をなくしていくのが重要な気がしている、そこは商売や産業と違うところかもしれない。
こないだ歌舞伎町のネットカフェに泊まった時にダニにやられたらしくへその周りが痒くてイライラする。
そんなことでイライラしているのも面白い。本当は、晴れているから嬉しいとか、雨が降ったから悲しいとか、そのくらいのザ・プリミティブ・バカさ加減で生活していきたい。
あいつにああ言われたのに次の日に言われたことが違くてイライラする みたいな複雑なのは不自然な気がするな。 馴染む為に不自然をそれとなく認めている人が多い気がするな。
自分の文に”気がする”っていう言葉が多すぎるな。もうすこし、断定するような言葉だって欲しい。
何を大切にすれば良いかいまいちわからない中で素直に生きたいと思っているのか。
そのことについて考えるのは止めよう。

兎に角創作あるのみ、です。それだけはできている。それ以外は全くできてないけど…
その中で色んなことが見えた。目標自体は既に達成している。それは創作をすること。
そこから如何に何週も何週も言及していって、価値を見いだしていくか。それだけやっていたい