インターネット

インターネットについて書いていたけど、あんまり書けないので止めた。
間に入るよりもアクションしようっていうこと。 このままで進んでいこー。
あと、人と話す時に、情報の話はあんまり聞きたくないな。あなたよりwikipediaの方が詳しいよって思う
情報っていうものの価値が無くなった時に、価値があるものは、情報の中でも、その人しか知り得ない情報と、感情とかになるな。 特に感情だ。

感情的になるのは良くないという考えがあるけれど、そうなのか、下手に拡大解釈して感情を感じるのは良くないとなったら人間は終わりになる コンピュータが追いつけない部分をわざわざ殺して機械に合わせるなら人間より機械が優れた時代になってしまう

正確な線よりも歪んだ線の方が機械にコピーできないものとなる。手描きの線が歪むのは人間が感情を感じていること、不正確な生き物のことを示している、それがいいんじゃない と思うことが大事になる。 パンクバンドが気づいた美しさを感じたい。 ボロボロのジーンズがヴィンテージと呼ばれる瞬間も気になる。 綺麗な青いジーンズが良いとされていた時にも、古い汚れたジーンズを格好良いと思う感性はあったと思う。 しかしそれを、この汚さが良いんだ、と、はっきりと感じることが難しい。
今や絵においては下手でも良いという感性は強く根付いている。それにも、こういった過程を踏んできたことは間違いない。 僕の絵をレオナルド・ダ・ヴィンチに見せたら、お前はヘタクソだから止めた方が良いと言われるだろう。しかし、アンディ・ウォーホルに見せたなら、その絵を使ってどうやって有名になるのかと言われるんじゃないか。 時代によって同じものでも捉え方が変わる。

時代は振り子のように動く、 音楽でも絵でもそうだけれど、 良い音楽を作りたい、良い絵を描きたいという所からはじまり、音楽や絵を”使って”有名になりたいという考えが次に来て、今はまた、良い音楽を作りたいという所に戻ったんだろうか。