日和日和

少し日和った気持ちを感じて情けなくなってしまった。 何をやっても批判されたりするのは免れないのだから何に気持ちが向かっているのかを見極めなければならない。今日は朝、バイト前にベルクに行った。坂口恭平さんのドローイングがこの空間で見れる日は今日で最後。 またこれが別のギャラリーとかにあったら全然違うんだろうな、と、思った。 ドローイングをした後のことも考えなければならない。インスタレーションとしてそのドローイングがどのように作用するのかということだ。

でも、坂口恭平さん自身がドローイングをやっていた時にこういう展示になったりすることは考えていなかったはずで。そう考えると常に常に何かに追い込まれながらも続けていくことが一番なのかもしれない。しかし、そのようなアスリートの逆の目標設定というのは中々苦しい。例え何をしている時でも、一体これが何になるのかという気持ちはまだ少しだけある。それを振り切った狂信的なテンションにだけ頼るのを止めたのは成長したからかもしれない。常にハーフのような気持ちでいなければいけない。
そこには僕の好きな可能性がある。何か別のものを見いだそうとしている他人が好きで、そういう時の自分が好きでもある。つまり、無理矢理別のフィールドのものを持ち込んだり、目利きとして、茶碗を見て音楽を思うようなことがやりたいし、そうやらなければいけないと思う。

だからどうやってそれをやるのかなのだ。今の所、絵というものとweb制作というものを結合させたようなことができているのかもしれない。