振る舞い

本当に思っていることはいつしか信念となってそれを一気に変えるということはできなくなるんだなと思った 人のそれを変えようと、または人に変えられようとせずにしなければならない だからこそ、そういった部分をひけらかすのもひけらかされるのもするりと流してしまおう
振る舞いを考えなければ。坂口恭平さんが、FURUMAI というポストカード集をだすらしい。これもドローイングだ。こういう人のやり方から自分のドローイングの使い方を考えていく。 生きているだけで産まれるドローイングは生き物だ。後から描き直すことも手を加えることもほとんど無い。それは人間のようにひとつとして同じ物がない。世界の人口が何人増えたかなどコントロールできないように、ドローイングが何枚産まれるかというのはコントロールできない。こうして世に生まれ落ちたことを雑に扱うことはできないのだ、流通の形は自分のアートワークの重要なポイントでもある。新しいやり方…でなくとも、尊敬できるようなやり方で流通を行っていかなければならない。

水中、それは苦しいというバンドの芸人の墓という曲で泣いてしまう。

谷川俊太郎さんの 詩人の墓からできている曲で谷川俊太郎さんに許可を得ているのだという! というわけで勿論その詩を読み、また泣く。 もしかするとある境地に達した人だけが感動できる唄、詩なのかもしれないと思う。成長を感じる。