異質

TALKING HEADSを聴きながら日記を書く。
高校生の時にチェックしていてなぜか今まで聴かなかったバンドかもしれない。なんとなく異質さを持った上でポップな音楽として聴くこともできてすごく良い。 僕は所謂、”ルーツ”みたいな音楽よりもそこから一歩だけはみ出たような音楽が好きなのかもしれない。しかしルーツを無視するわけではないような音楽。絵もそうだ。なんだかんだでデッサンとかもやりつつもどうしてちょっとずれてしまったんだみたいな絵が好きだ。それは得体の知れないモノと根源的なモノの架け橋としての役割があるような気がする。 そんな音楽聴きながらルーツロックレゲエの本読んでいるのだけれど。
昨日の深夜は良い感じで”フォント”を描いた。写植の時代から完全にデジタルフォントの時代になった今。若い人には写植とか手描き、手作りへの憧れがある気がする。こないだ陽大が言ってたラスタファリディムというグループのフライヤーは手描きを駆使したものだ。というか、毎回アートワークかましてるっぽい。 デジタルソフトは使わないで手描きとかスキャンとか工夫して作ってるんだって。 今はちょっと”書”にも興味があるのである。 イスラム教徒の書道みたいなのがあって、本当に素晴らしいのだ。そういえば、アラビア語っていうのは右から左に読むんだけれど、そのことも気になる。右利きの方が手が汚れるってことか。”文字を読む方向”とか、自分にとって当たり前になったことが当たり前に打ち砕かれていく時が面白い。 当たり前の砕き方は奇をてらった砕き方でなくて、これまた当たり前のようにぶち壊さなければいけないのだ。