ナスじいについて

ナスを見つめるおじさん(以下、ナスじい) : このナスにはありがとうが詰まっておる

若者A : ハッハハ おじさん、そんなことはありえないよ

ナスじい : ばかもん! (ビンタ)

この後、気難しいおじさんとして村で有名になってしまったナスじいのことを私は熱烈歓迎するのだ。
正しいか間違ってるかを気にして魂抜けちゃったらだめなんだなー。 まず、アンガス・ヤングに謝ろう。。

形や色や音に 念みたいなものが感染るのを見たり自分がやったりするのが楽しいなー。 学生の頃 みんなが聴いている曲聞いて、良いとは思うけど好きじゃないなぁと思ったのはそういうことだったのか。 僕がナス兄だったということだ。

もう芸術がどうだということも考えないけれど、
アウラっていうのはとても重要なことだ。 ぶっちゃけ絵なんて同じサイズでプリントしちゃえば一緒なんじゃないかみたいな所を覆すもの、 これをまず自分が見れるようにしなければならない。

昔、ミュージシャンのインタビューを見て、この機材にこれを繋ぐとどうでこうで みたいな話に何も興味を持てなかったことを思い出した。  ひたすら個人的な意見と精神論みたいなものだけでインタビューが終わってしまう人もいた。そういう人ってなんて面白いのだろう。  思い入れの内容に共感するかどうかを別として、そこまで盲目に思い入れを持ってしまっているということが好きだ。

レコード屋が好きだ。 レコードを聴ける環境も無いし、通の人なんかが言う音質伝伝ということも聞き分けられないので買ったことは無いのだが、、、  ただただ俺はDJ digりに来たぜみたいな顔をして色んなジャケットを眺める。 無数多数多。  その空間の中にあるレコードは店長が、もしくは他の誰かが無我夢中で集めたものなのだ。 一体この人達はどうやって引っ越しをするのだ!!

そんな風に、集めるということに共感こそできないが、その、pureに好きでいることの大切さや凄さはビシビシとレコード屋からは伝わってくる。 見習わなければならない。

ナスじいはどこへ行った