ドローイング

アクリル絵の具のおかげで表現の幅が広がった。これは色の幅というよりテクスチャの幅かな。 画材の実験と表現の間のようなことをやっていて、これは純粋な表現なのかと思うけれども、実験するという気持ちが無ければやっぱりいけないのだろう。積み上げたノウハウを壊してまたノウハウを作るイメージだ。それを死ぬまで繰り返す。

画材を塗料だという風に感じるようになった。最近は描くのに良く指を使うし、ティッシュとか紙も使う 使えるものは何でも使う 自分の欲求とともに技法が進化していったというジャクソン・ポロックに近づけているのだろうか。

絵の具を使うことで”水”を表現の中に取り入れていることに気づく。水の含み具合で色は勿論、テクスチャが全く異なる、、
僕は色よりもテクスチャに興味があるのかもしれない。 絵を立体として捉える。 絵の厚みという概念が自分には長らく欠落していたように思う。データ上の絵じゃなくて紙の絵なんだぜ。手に取れるモノっていうのは一周回って斬新なようにも感じる。
あぁ、一周回ったのかね。昨日はやっぱりローカルだっていう話をしたんだ。インターネットっていうモノの計り知れない影響。皆一瞬で世界中に広がるようなこの媒体に夢を見た。広告業みたいなのは勿論、表現者も同じくそれに希望を抱いただろう。しかし夢の通りにいかなかったコトを今の時代が証明した。増え続ける訳の分からない代理店。間に入るしか脳の無いニンゲン。 ユーチューバー。

虚構の中に入れこまれるのを防ぐにはローカルしかないのかね。 ただ、単なる回帰にはならないだろう。しっかりと現代の良い所を取り入れてステップアップしたローカルを見つけていかなきゃならない。