日記

Prince Lincoln & The Royal Rassesのジャケットが格好良い。誰が描いたんだろう。バスに色んな人が乗り込んでるやつ。 こないだ、レコードを沢山見る機会があったけれど、あの大きさにアートワークが入るのは良いなぁ やりたいなぁと思っているのでした。今はデジタルすぎる社会への反動か、あえてレコードを作って売ったりする人もでてきているので、いつかできればと思う。

セミファイナルジャンキーの会場でバンドの人達がフライヤーを配っていて、それが今手元にある。バンドメンバーの誰かが手描きで描いたんだろうなーという、感じだけれど、すごく格好良い。その格好良さがなんなのか、というのはとても言葉にし辛い。色が良いとか構図がどうとか、デザインの学校で学んだけれど、そういう良さではないのだ。なにせ、大事な所が途切れてたり、綴りが間違っているフライヤーすらある。でもそんなものをぶっ飛ばして、良いなぁと思うのは、作っている人の生き様みたいなものが見えるからだろうか。Tシャツなんかもそうで、変にデザインとかを学んだ人よりも素人の人が、コレだー みたいな勢いで作ったTシャツが格好良かったりするのはなんでなんだろう。 余計なことは考えない方が良いのかもしれないな。

素人でい続けることは難しい。最初は感動していたことも段々とその気持ちは薄れてくる。 今東京に住んでいること、webサイトが作れたりすること、名刺を作れること、本が作れること、音楽が聴けること、できた作れたの最初の気持ちは当たり前という言葉に置き換えられるようになってきている。 今まで当たり前でなかったことを当たり前にすることが前進であるという風にも考えられるのかもしれないけれど、それとは違う成長の仕方をしたいと思った。 何かを続ける為には定期的に素人に戻る必要があるのかもしれない。 学校とかもそうで、海が見える学校なんて素敵ねと思っていたお前はどこにいったのかという位面倒くさくなってる3年生の時はあと1年だという気持ちしかなかったしそれで良かったのかもしれないけど。 ずっとやっていくんだなぁとか、続けていく、というかこれしかできないし、続いていくんだなぁと思った時に勉強して積み重ねて当たり前を増やして、もうびくとも動かない建築みたいな知識や自分の持っている常識みたいなのを作り上げた時にはきっと自分のやっていることは面白くなくなっているし、それではいけないと思った。画家の作風が変わる理由、バンドの音楽が変わる理由、それは例え応援してくれた人が離れていくことになるとしてもそうしなければならなかった理由がわかる気がした。

そんなわけで素人に戻った気持ちでNAVER SAY DIE SPIRITステッカーを100枚注文した。不屈の精神っていう 高校生が好きそうな言葉にまた惹かれる気持ちがでてきた。5日に大悟と行ったセミファイナルジャンキー(ライブ)は最高だった。 どのバンドの歌詞も聞き取れなかったし、演奏も音が大き過ぎて誰がどの演奏をしているのかもわからなかった。 これが良いのか悪いのかは別にして、音楽を聴きに行ったんじゃなくて、覚悟を聴きに行ったように思う。 帰り道GEZANカルロス君に15日の下北沢でのライブも来てやと言われシフトを見ると15日は休みだ。おお神が味方したなどと思う時がある。海のそばで生まれたけど陸の中央で陸央とか言ったからにはNAVER SAY DIE SPIRITステッカーを渡すのだ。
現実はシビアだったらシビアな現状をこれがリアルって言ってラップすることじゃなくて、そんなことは全部無視して俺はこうするんだ俺はこうなるんだって声を上げることの方が僕にとっては格好良いことだ。 苦しい時には自分よりもっと苦しかった人のことを思い出す。今読んでるルーツロックレゲエの本。この最後のページにでてくる人達は全員自分より苦しかった人達だ この人達に会った時に目を見て話せる人になれているだろうか。そうできる人にならなきゃいけないな。技術とか芸術っていう言葉に逃げている以上はそういう人にはなれない

恥ずかしながら親元を離れて5ヶ月くらい。シビアなことがあることもわかったし、不動産屋に絵を渡せば家賃がタダになることもないことは嫌というほどわかった 他にも、良いコトより嫌なコトが多い中で諦める人が沢山いることもわかるし、何かの運命としてそうしなければいけない人もいるんだろう 皆やりたいことをやろうと言う気もなくなったし、僕が就職したり、ポップミュージックを延々聴き続けることがムリと思うように、僕が歩いている道とか、その先にあるものに、絶対に近づきたくないと思う人もいるんだろう。その気持ちはわからないし無理にわかろうともしない。

急に、「俺がナンバーワンヒップホップドリーム」っていうZEEBRAのリリックを思い出した。バカっぽすぎるとか、あなたより本場の誰彼の方がとか、いくらでもあるそういうリリックを書いてはいけない理由やラップをしてはいけない理由を無視して視野狭窄だろうがなんだろうが関係なく言い切ってしまうことは政治的であるかそうでないか、金になるかならないかとかではなく、大きな意味がある。

YOSHIKIって将来の夢はロックスターって言ってぶん殴られてもロックスターって言い続けた。歩む道は違くても僕も一緒です

要領の悪さがにじみ出た日記になった。 NAVER SAY DIE SPIRIT
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