振れ幅

昨日思っていたことを、今日全然思っていない時がある。 自分に対して素人であろうと思った。
色んな人の振れ幅が気になる。 ただ、その振れ幅は何かを作っている人でないと見え辛い、ミュージシャンのアルバム何かはその振れ幅がわかりやすくて嬉しい。 中学生の終わりにGuns N’ Roses のAppetite for Destructionというアルバムを聴いた時に、僕は何人もボーカルがいるバンドなのだと思ったが、実はアクセル・ローズ一人で歌っていることを知り衝撃を受ける。しかしそれは、色んな声がだせるのがすごいというのもまた違う気がしていて、なんというか、振れている、ぶれているのである。昨日は良い気分だったけど今日は最低だみたいな生理的感覚がでている、そして、本人もそういう人物らしい。
そうすると、本人にとってはぶれていることで素直に歌えたことになる。歌い方に色んなスタイルがあることがスタイルという、、”スタイル”っていうものの根本を考えさせられるな。 スタンスと言っても良いかもしれない。”スタンスをぶらさない”でなくて、”ぶれまくることがスタンス”という。それは嘘をついているんじゃなくて、普通にその人なりにやってみたらそうなったという。 今日のテンションでこんな曲歌いたくないと思ったライブがあったのだろうか。

今日は朝の4時に起きて、散歩をした。 GEZANの”ぴかりのヒビ”を聴いた後に、”となりのベジタリアン”を聴く。
絵本のような曲の後には、今すぐ死ねぇ という歌詞があることの振れ幅。
死ねというのはmotherfuckerの和訳だ

聞き取れない歌詞を絵に描くというのをやってみようと思う。