ぼうっと

自由に耐えられない人々っていうタイトルの本があることを思い出した。この3日間くらいは本当に自由で、それなりにきつかった。 何か、自分はこうであるっていう風に示すことは、不自由に入っていくことだ。 宣言や作品や、音楽や、、、 人が作ったもの、言ったことや行動は自由に耐えられなかったことから生まれているのかもしれない。

ところで、明日は自分の行っている美容院、MENOSに絵を飾ってもらうのだ! その為に持っていくやつを今から選ばなければ。場所に合った作品を持っていこう。 純粋な自己表現みたいなところから少し離れた気持ちでいる。 というのは何もネガティブなことではなく。 描いている時はとても純粋なのだし、その先に、飾ってもらったり、この前ラン君に作ってもらったシルクスクリーンの版だったり、は。 少し客観的に見たいと思った。 100曲入りアルバムをだすのは嫌だからね。

風邪をひいて、パンクをすごく聴いた。 ACIDEZや、CASUALTIES が 主。  ライブの映像なんかも見た。
自分の好きなものは、ショウというより、生活の中でやっているお祭りという感じだ。 ACEとかTRIBE RECORDSがやるパーティーもそうだし、こないだは馬鹿と煙っていうイベントに行ったんだけど、それもそうだった。誰がお客さんで誰がプレイするのかわからないような。 皆でプレイするんだ。

そこには、街にいて目にうつる広告や、聞こえてくる音楽や、なんならパソコンやiPhoneからも。。 取り残されて、自分と関係無い人が自分と関係無い人に向けてプレイしているっていう、ずっと持ってる感覚がある。 作るしかないんだなぁ。