ぶろぐのデザイン

ブログのデザインを一瞬で変えた
前は一個一個クリックしないと見れない風にしていたけど。そういのは企業向きです 自分は宣伝とかできないだろうし一気に10個見せるです 支離滅裂な自分のノートみたいに
僕はめちゃくちゃメモ魔です レオナルド・ダ・ヴィンチみたいに(そうやって偉人と比べる癖をやめましょう)
珠に自分の描いたことを見て同じ人が考えていたことにびっくりしたり影響を受けたりします 書いていくことは先の自分への励ましだったり、忠告の手紙であることに気づく
せっかくこういうオウンドメディアと呼ばれるものがあるのだからデジタル上にも暮らしたアーカイブを残していかなければいけないと思い、オポチュニティー垂れ流し風のブログにします 書くこと選んでると全然書けないからね

MUCUのノートのテープがはがれて、4コマ集はこういう製本にしようと思った。偶然剥がれちゃったテープはメッセージでした
そうそう、4コマ集と絵本の前にZINEを作ることにした。値段もつける。プロダクトを作って次のプロダクトの練習をするのを永遠に繰り返すイメージ 本番なんてない 絵に関してのみ言えば、自分はリハーサルの時とか本番の時とか本番後という意識は存在しないと思いました つまり日常なものだということです ダンスをやっている時は本番があり、その時だけ思いっきりスイッチいれて役者になるイメージだったのです それとは逆、というか常にオンザステージ
そんなわけで今は4コマのポテズ以外にもA4サイズでのポテズドローイングにもハマっていたのです 4コマポテズはサイズ感の問題もあり、筆ペンと色鉛筆のみですが、ドローイングはもう少しのびのびできる。クレヨンも使えるのはこの位のサイズ感からかな 段々、もう少し大きいものもやってみたいと思うようになった。デカい絵をやる理由が無いのにデカい絵をやるのは邪魔だと思っていたのでやらなかったですが、自分の確認と、発散することを込めて大きいサイズもやってみたい 壁一面みたいなのもやりたいです

今自分が暮らしている辺りではよく展示をやっている、通りかかると自動で入る くらいまくってます 絵描くのは、建築と音楽があると思った。建築にノリは認められていない 何ヶ月もかけて構築していくです 背後には理屈が無いといけないです 音楽にはノリが認められていて、背後には理屈が無くても良い。が、印象や記憶に残さなければダメです 自分は音楽です 今日はアフリカンな音楽聞いて、効いてます オーケストラよりも一人の太鼓の方が音楽をプレイしていることを感じることがあります 要は魂さ ってアンガス・ヤングみたいなこと言いたくなります 結局守屋陸央言ってること全部同じなんだから語尾に全部要は魂さってつけようかな

調子良い日は一日4枚くらい最高なのが描ける でも昨日今日は全然だめでした つまり今は言葉を書かないといけないです インプットとアウトプットのバランスを問う人がいるけれど、今の自分はアウトプットAとアウトプットBのバランスを作りたい というか、純粋な100%インプットと、100%アウトプットがあるのかよとも思う。何か作りながらインプットできることは沢山あるわけだし。テキストだって読まないで書きながら認識することだってよくあること ひたすら書くです 単一的な技術なんて存在しない 音楽だって一個の音ではなく音の集まりです。ドレミファソラシの、ミが最高って言ってる人を一人でも知ってますか
人が音だとしたら人の集まりは音楽です ダサい音楽と格好良い音楽アルネ
どのタイミングでどんな音がでてくるかと、どんな音色なのかで印象も変わってくる アコースティックな雰囲気の集まりにエフェクターバリバリの音が入ることで良くも悪くも吹く風が変わってきます
ノートに書いたけど、”音色”っていう言葉は凄く好きです。聴覚と視覚が一緒くたになっている人が考えた言葉なんじゃないかと思う 音色と音程は違う意味だし。音程というものは音楽理論を勉強すれば科学的に説明できるのかもしれないけれど、音色は無理な気がします。 音色って言葉を考えた人は音に色が見えてたのかな
こうやって日々変な理屈を頭でこね回してパンにするのに忙しいなり
どこかの画家がどこかの画家にあてた手紙で、”発見を続けてください”と書いた 僕も発見を続けよう こないだ猫と喋っていたら公園の人に怪しまれた。

しばらくは忙しいのであんまり絵が描けなくなる、ここ最近描いたドローイングは我ながら中々良いんじゃないかと思っている。また、気持ちを沢山貯めてクレヨンで吐き出そう。箕浦健太郎さんの展示を見て、バンドと同じテンションで絵描きはやっていけるということに気づき、テンションが上がっているわけです。絵を描くというよりも、テンションを描く。良い音楽とか、グルーヴというものが生まれる瞬間のことを考えながら描くです 意外と良いものはテンションから生まれてきたりする、個人的には、作る人に二つの部族があって、まぁさっきも建築と音楽って書いたことと同じだけど、練って練って、一個次へ、また練るという部族と、練ろうとしてもなんか曖昧になってしまい急に色々混ざって爆発する部族があるんだろう。 こんな駄文を書いていることからわかるように自分は爆発部族なのだ 爆発部族はバンドのテンションでプレイしていける でも練れる人もリスペクトです。僕はできないですが

こないだトイカメラ買いました。久しぶりのフィルムカメラ。これで自分のドローイングを撮って現像の瞬間の偶然に身を任せるのも良いかもしれない コントロールできないものを好きになってきている。カメラのことを全然知らないのでしょうたに聞こう

そういえば、誰かいらない画材あったらください。何でも◎です。僕が必ずそれを使ってイノチを吹き込みますので、宜しくお願いします。人間は18歳くらいまで、生きれば生きるほど背がのびていくけど、僕のクレヨンと色鉛筆は生きれば生きるほど短くなっています!

この後は3連休なので、未知の音楽を掘るです。掘ったやつ作品に少しの影響として彫っていくイメージで生きている 前衛的なノイズとかよりも根っこな音楽が良いな 誰か僕にお勧めを知りませんか 根っこのコトを知らない花はダメな花ですので! こないだ、咲かせたかった花より咲いた花がたいせつという言葉を見て、気持ちの中に残っています まだまだ、今咲いている花は気にくわない まだまだ、咲かせたかった花の方が僕には魅力的なように思う まあ、これが生きているうちに逆転してしまったらダメだ

絵を描きますがペンをくれたのは音です