午前中に起きよう

夕方に起床した日だった。 これからは午前中に起きよう。 本当は当たり前のはずだが、別に朝起きる必要は無い生活だと、意外と、朝に起きないものだ。  朝起きる人向けに色んなものは作られている。  朝起きる人が嫌だなぁと思っているポイントを避けることができるが、メリットも全く享受できない。 はい。

ロスで絵描いてる友達から急に、東京にいるよと連絡。 いつまでいるのと聞くと、多分4月までいるという。すごいな。長いぞ。 来週会うことに!! もう2019年なのだし、2019年のメリットはしっかり受け取ろう。 「頑張ればコンタクト自体はとれる」っていう前提の世の中にいるのはすごいことだし、それに付随する面倒な部分だけ判断して消していけばいい。
何か一緒に絵を描いたりしたいな! てか、絵にこだわる必要は無いけど。 こだわりはじめると急に失速する。 心と身体はバラバラに動き始めて、考えれば考えるほど、考えられなくなるという。ジレンマ。  人が集まった社会をまわすのには、誰かが急に気が変わると困るのである、一貫性が必要。しかし、こと個人レベルで見れば意外と全員がコロコロ気が変わっている気がする。
しかし社会のレベルで考えることが染みているので、コロコロ変わる考えは邪念、とされ邪険にされるのだ。

3年かけてこれをやりました、みたいなものに対するコンプレックスがあったが、その辺りをラフに考えよう。 気が変わる瞬間を捕まえるのだ。計画にたいしての意見が変わる瞬間を載せるという。 そういう、意地と軽やかさが混ざった状態を作ることに集中、いや、同じ行為の中で気は散り散りという、今とこの後の自分が混ざっているということを意識していきたいと思っている