2021年9月9日

ここ2週間くらい調子が悪い日が多く、一人で横になっている時間ばっかりだ。人といる時は良いのだが。生活が変わるということが続いて生活ということが良くわからなくなっている。ルーティーンというものが無くなると精神がカオスな状態になる。 ここからまた紡いでいかねばね、と、プラスに賭ける気持ちがあるのだけは良い所だ。実際は何もできないのだが。気持ちと行動が矛盾しているがここで気持ちを行動に引っ張られずにいよう。自ずと意欲は湧いてくるはず。くらいの受動的な態度でいてみる。それじゃ駄目だというのが上手いこと向上心や行動と結びついてくれれば良いのだが、単なる自己否定に繋がっていく時には盛り上げ方を間違えてはいけないな。

とりあえずパソコンを引っ張りだしてこういう風に日記を書こうと思って今書いているということは良いことだ。こういう時にしか気づけないこともあるかもしれないからね。布団に転がってブツブツ言ってるくらいなら書いて消化した方が良いのかなとも思った。なんか気味悪いし。 心は鉄のようで、冷えている時には叩いてもびくともしない。 熱して赤くなっている時、これは情熱を持っている時の喩えになるのだけれど、この時は変形しやすい。叩けば形が変わったり、折れたり、千切れたりする。 熱することで成形することができる。この時の扱いは丁寧さが必要だ。 冷えている時がある種の処世としてのあり方で、熱されている時が何か行動をする時や、何か、形を変えようとする時のあり方… 人間が生きていくプロセスの中で喩えると成長期みたいなものだろうか。 この時は身長が伸びたりニキビができたり情緒不安定になったりする。この時に受ける影響は大きい。変形しいびつな形になったり日本刀になったりする。それは鉄が熱されて真っ赤になっているからだ。 大人になるにつれその鉄が冷えていき、もはや何も感じないみたいな人もでてくるのだが、入り口はなんであれ、熱するようなアクションは誰にでもあるはずだ。 僕にとっては何かを作ることであったり、人によっては異国の地に旅行をすることであったり、そこで気持ちが動くような印象を胸の中に確かに感じるはずだ。その時をどういう時にするのかをもう少し丁寧にしていこう。