2021年8月6日

昨日、寝る前にドローイングを8枚描いたが1枚もうまくいかず。今日もさっき1枚描いたが駄目だ。ちょっとドローイングを止めて1ヶ月前くらいに考えていた本の制作を進めよう。というかそもそもそれをやる予定だったのにずっとドローイングをやってしまっていた。また失敗だ。しかし、この失敗から長いこと計画を苦手とし続けている心理がわかってきている。 何かを計画するという行為は、実際に実行することに比べると間接的なものだ。 絵を描くというのはもっと直接的なもので、それをやればそれができる。 歌を歌えば歌が聞こえるし、料理を作れば料理ができる。踊れば踊りになる。

計画というのは計画だけでは何にもならない。絵を描く計画を立てたという段階では絵が完成するわけでもなければ、初めの一筆目にも達していない。 実行はここのもどかしさをすっ飛ばすことができる。2秒とかからず一筆目にとりかかることができるのだ。僕はこのジャズっぽいやり方が気に入っていたのだが、最近このやり方があまりうまくいっていないので、もう少し実行以前の考え方、つまり計画を持たなければと感じている。というかずっと感じつついつもそれをすっ飛ばしてしまっていたのだが、これには思い当たる原因があって、1つ目には、基本的に自分だけでやる作業になるのでどういうものにするのかというのをすり合わせる必要が無いということ。2つ目には、計画外のことというのは必ず起きるので、そもそも僕の拙い頭で考えてこうすると決めたことが本当にそういう風になるのか、違う気がするといったような疑いを持っていること。3つ目には、自分個人の記憶として計画だけで終わってしまったことがあり、また他人を見ても計画だけがずっとあるが実行には至っていないという人が沢山いるということ、そういうことを考えるとただ頭の中だけにそれがあるよりも今すぐ無理矢理にでも形にした方が良いと思ってしまう。その2択からどちらかを取るなら後者を選ぶであろう。いや、全く2択なんかでは無いのだが。そう、その2択ではないという当たり前なことを理解しなくては、計画をして、実行をして、その過程で計画外のことが起きても乗りこなして望む場所に到着している人は沢山いる。 何か結果を残している人というのはそういう人ばかりなのではとも思う。

計画という概念に対するテンションを上げたい。と、計画の語源を調べてみる。言葉というのは現在の意味より語源の方がロマンチックに感じることがある。

iPhoneで、「計画 語源」と入力。Wikipediaでは語源は登場しなかったが、ちょっとタメになることが書いてあった。

“ある計画が実行途中で頓挫したときに発動される次善の策、代替計画(代替プラン)を「Plan B(プラン・ビー)」と言う。英語圏では、現場でさかんに用いられる表現である。日本人は、主たる計画がうまくいかなかった場合の代替計画「プランB」をあらかじめ立てておく、ということをないがしろにしがちなところがあり、(現実の世の中では最初の計画通りに行かないということは起きがちなので)最初の計画通りいかなかった時に、日本人は(無計画状態になり)破綻してしまいがち、という。”

なるほど、そうすると前述した自分の計画に対する疑いを解決する為にはプラン・Bというものがあれば良いということになる。 が、これは個人としてというより大きい企業の目標というような感があるので僕の場合は必ずしも必要なわけでは無いだろう。 ただ、何かの役に立つ時もあるかもしれないので頭の片隅には入れておきたい。

Wikipediaのページを離れ、公益財団法人日本デザイン振興会のページを見てみる。ここはグッドデザイン賞を運営する団体であるらしい。 僕も知っています。グッドデザイン賞。

と、でてきた。計画。ではなくデザインの語源なのだが、ラテン語の「Designare」という言葉にあるらしい。意味は、計画を記号に表す、図面に書き表すという意味であった。そして中国ではデザインのことを設計と呼ぶらしい。頭の中で色んなことが繋がる。何気にグラフィックデザインの学校卒業しているのにこういうこと知らなかった。恥ずかしい。 いや、今から学んでいけば良いのだ。遅いことはなにもない。

ここから、計画して実行をするという一連の流れに対する自分なりの脳を組み立てていこう。 自分なりにで良いのだ。

この、デザインという言葉の基になったDesignareというものは、計画と実行の間にある存在だ。「計画をする」でも、「計画を実行する」でもない。「計画を記号に表す」と。僕は企画書を書いたりすることを計画と呼ぶと思っていたのだが、このDesignareという言葉に忠実に考えるとそれは計画ではなくてDesignare、デジナーレだということになる。 そうすると計画というのはどこにあるのか?? これは頭の中に、もしくは話す言葉の中にある。図面や文章として、目に見える形で定着していない状態。

頭の中で考えたり、人に話したりしていることを何か、それは作品というわけでもなく何か目に見える形にデジナーレする。そこから実行をする。一旦のまとめ。広げる為のまとめ。 こうして考えていくと僕は計画ができていないというより一旦のまとめができていないのだ。ただひたすら計画を実行しているだけでその間に入るデザイン、語源はデジナーレ、中国語でいう設計ができていない。 この能力を作らなくちゃ。作っていきたい。考えをもっともっと膨らませたりまとめたりして、その後にできるものを想像し、それを創造する。