2021年7月5日

めちゃくちゃ気になるCDの画像を見つけた。なんだこれ、気になる、気になるぞ。 と思って、悶々としていた所に、画像検索 という言葉を聞いたことがあることを思い出し、画像検索という言葉を検索した。 Reverse Image Searchというアプリが出現し、顔認証を経てダウンロードをした。 そして気になるCDの画像をアップロードすると制作者やアルバム名がでるどころか、メルカリというアプリでいくらで売られているということまででてきた。すごい。 試しに、自分の描いた絵の写真をアップロードしてみるとサイケデリックなおもちゃの画像が沢山でてきた。デジタルって本当に不思議なものだ。そろそろ、ペイペイっていうアプリもダウンロードして使ってみようかな。 カードとか、電子マネーの類が全然わからない。ほぼ使ったことがない。 そういえば、僕の好きな絵本屋さんが、現金がめちゃくちゃ便利なことに気づいたという話をしてくれたことがある。 理由は聞けば納得。カードや電子マネーはお金が振り込まれるまでにタイムラグがあるが、現金はただただ、ひたすらタイムリーであることに徹しているのである。ひたすらシンプル。こういう風に便利さというものを思考によって転換させていくことに興味がある。世界で最も発展途上国とされていた国の生活はとても便利快適であり、多くの先進国がその生活を目指した2040年になったりするんだろうか。Amazonとかも全然使わないな。何でなんだろう。望んで、狙って、欲しいものという物欲が薄いかもしれない。通りかかったらあった。という時の物欲は割と強い方だ。洋服とかほぼこれだ。ただの計画性の欠如とも呼べるが、偶然が呼ぶ物欲みたいなものに興味がある。そのオフラインのフィールドと、オンラインのフィールドで求められるものも違うのだろうか。違う気がする。 音楽も、オンラインで聞いていたいものとオフラインで聞きたいものが微妙に違ったりする。 オンラインの方が興味本位で動くことがしやすい。 オフライン、オフライン?というか、ライブを見るだったり、CDやレコードを買うというのは基本的にお金がかかるプロセスを踏むので、興味本位でも動けるが、お金を失うというダメージを被ることになる。しかしその分思い入れが生まれたり、そこに至るまでの歴史ができたりもする。毎日、頭のどこかでその各々の性質を考えているような気がする。

だんだんと悩んでいることが少なくなった。何かモヤモヤするということに対して能動的になることで思考に変換することができる。そうすると書くというのは変換プラグみたいなものだ。悩みまくっている人はその人個人の感受性があるのだ。その感受性と他の事象が反りが合わなくなってきた時に人は悩みはじめる。 そこをなんとか思考に変換していくか、反りの合わないものに感受性を合わせ矯正していくしかない。 が、矯正する人はした風に見えてもどこかで鬱憤が着々と育ってしまうと思っている。ヘルシーに言語化したり制作したりしていたい。

なんとなく書く指が止まってしまったので画用紙にちょっと筆ペンでいたずら描きをした。と、いつもただの厚紙に描いているからか、画用紙の面白い所に気づいた。線を引くということは自分個人の力と画材の力もあるが、描かれる支持体の力も大きい。 まぁ、当たり前といえば当たり前なのだが、つるっとした紙には描けるがデコボコした紙には描けない線もある。その逆も勿論。 描きたい絵に合わせて紙を変えるというのをやってみても良いかもしれない。多分誰でもやっていることなのだろうが、ただ作りたい欲求に負け続けてきた人なので全然そういうことを考えてこなかった。明日は紙を買おうかな。本当は紙から画材まで作れたらエキサイティングなのだが、、紙を作ってます!という人に会ってみたい。 もしその人の紙を使って僕が絵を描いたら合作の匂いがしてきて面白いな。画材も、タキザワブルーとか、マイケルレッドとか、ダイアナグリーンみたいになっていったら僕は一人で制作するけれど一人ではないのだという根性が生まれて思いがけないことになったりするかもしれない。