2021年7月25日

久々に焼き魚を食べた。焼いた魚のぷりぷりの部分の食感って他のもので感じたことが無い。美味しい。海沿いの地域では魚を良く食べ、山岳地帯では良く山菜を食べるという。まぁ当たり前か、前に海、後ろには山みたいな場所、めちゃくちゃ良いのでは。山形は海も山もあって、気候も涼しくて、食べ物が美味しい。子供の頃何回か蔵王に行っただけなのでまた機会があったら行ってみたい。地の利っていうのはあるな。 って、ある良い場所と無いダメな場所がっていうのがあるわけでなく、それに向くか向かないかというのがあるなと思っている。 作物を育てる人やワインを作る人というのはそういうことを考えているのかなと思う。 僕もそういう人では無い人としてだけれどそういうことを考えていこう。

喉が渇いてMATCHという炭酸水を飲んでいる。 いっつもいろはすにしていたのだけれど贅沢に喉を潤したい時は炭酸水にする。シュワシュワと味が心地よい。コーラは喉を潤す感覚が無いけれどソーダ系の飲み物はそれがあることに気づく。 って、コーラが嫌いなわけでは無く、喉が渇いた時はソーダの方が好きだということ。 TPOに応じて好みが変わっていく。変わらないものもあるけれど変わるものの方が多い。 僕の場合は音楽はこれがものすごく、なんでそんなに変わるのだというくらい幅を持ってしまうが視覚的なものはあんまり無い。こういう時にこういう色を見たくないとか、そういう感覚というのは生まれもってのものなのか、後天的にでてくるものなのか?? 今、黄色じゃないわぁとか思ったことがないし言っている人も見たことがない。 どこかにはいるんだろうな。

前にカラーコーディネーターというのに興味があって色彩検定という資格を取ったことがあった。あの時の勉強、結構面白かったな。本を買って勉強したメインの内容もそうだが、ちょくちょくちっこく載っているコラムのコーナーみたいなのが面白かった。イギリスの自殺の名所ブラックフライヤーズブリッジという橋を緑色に塗って自殺者が減ったり、荒れ狂う学校の蛍光灯の色を青みがかった色にして校内暴力が減ったり、 アメリカでは大統領の演説の内容に合わせてネクタイの色を選び、生計を立てている人がいるのだという。 とか、そういうことでむしろメインの内容よりそういうことだけ頭にこびりついてしまっているのが気になる。 もしかすると学ぶということの本分はメインではなくサブの部分にあるのではないか。 脱線話の方が良く覚えていたりする。 何かを達成した、できなかったというのもそこにまつわる部分の方が自分にとって大切なものだったりする。

とにかく暑い。クーラーが動かないので扇風機を強にして首も振らさずパンツ一丁で風を浴びる。。 日記書き終えたらいろはす買いにいこうかな。 熱中症になるわけにいかないからな。

風、で思い出したけれど植物を制作のヒントにしていこうと思っている。 今までほぼほぼ興味が無かった、しかし興味を持ちたいと思っていた植物。 ここでなぜ興味が無かったのかというのを考えてみる。 それは、風、雨、雪によってしか動くのを見れないからだ。 僕は動かないものより動くものに興味がある。 植物と動物や虫を比べた時に、動くかどうかというのが結構大きな違いだと思っていて、 やっぱり動物や虫は走り回ったり跳んだり飛んだりするけれど、植物というのは基本的にドンと立っていたりゆらゆら揺られていたりするだけで、視覚的な刺激というのが少ない。 ちなみに聴覚的な刺激も少ない。鳴いたり喋ったりもしないのが植物なのだ。いや、鳴いたりする木もあるのだろうか? 全部の木を見たわけではないのでなんとも言えないがおそらくないだろう。

喩えるなら動物や虫はアニメーションで植物はイラストレーションだ。動と静。しかし同じ町並みの中に共存している。動物には人間も含まれる。 良くイラストレーションとしての植物を観察してみると、動物には無い、無さそうな形が至る所に現れていることに気づく。 木や幹の輪郭もそうだが、特に葉や花が面白い。さすが、動かないということを前提に暮らしているだけあってすごく繊細な形をしている。 薄い、細い、とか。 骨格というものから自由な存在だ。こういう所から学べると思うと、師匠がそこら中に生えているという恵まれた環境に僕はいることになる。植物から学びたい。弟子入りします。