2021年6月23日

夜、寝る前に歯を磨かなきゃというような気持ちでテキストを書かなくちゃと思うようになってきている。しかも義務というより楽しみなことなのだ。習慣というものの一番良い形だ。 やることが決まればこの時間にやろうというのができて、計画を立てやすくなる。ありきたりだが時間を大切に使いたい。今まで時間というものが苦手だったので克服していきたい。 何か食べなければ死んでしまうように時間の中で生きるということは人間に嫌でも強制されていることである。 と、そもそも時間というのは何なのだろうということが気になる。こういうことばっかり興味があるな。 結構、幼児の時に思うような質問をずっと抱えて暮らしている。 調べてみたが異常に難しい。 小さい子供の質問に大人がたじろいでしまう瞬間があるが、時間という概念はまさにそういうものかもしれない。 とにかく時間というものがあって、その中で人は暮らしている。 それとどう向き合うか。 時間というのは数字で示される。数字に強い人は時間にも強いのかもしれない。そう考えると僕に足りないのは数字だ。ちょっとくらい数値化して考えることをしていこう。 何か、数字という言葉に疑いの気持ちを持っている自分に気づく。 僕のイメージはこうだ。 冷たい、損得、賢い、直線、無機質etc 完全に偏見なのだが、パっと連想してしまうのはこういう言葉だ。こうなったら数字も研究して好きになれるようにしよう。 ディグることで愛し方を見つけることができるかもしれない。 表層的で良いからロマンチック数学みたいなものを学んでみよう。絶対あるはずだ、そういうの。 あと昔、数学は世界共通で正解がある所が好きと言っている人がいたのを思い出した。  それは結構響くかもしれない。あんまり、世界共通で正解があるということは無い。地球では、ペンを握った状態から手を離すとペンが下に落ちます。 というのは正解だ。これは物理法則ということになるな。 数字と物理法則は世界共通のものなのかもしれない。 なるほど。ただこれだけではまだ好きになれないような感じもする。そんなわけで学ぼう。ロマンチックマスマティクス。

絵は武者模写修行。 耳鳥斎という江戸時代の大阪の浮世絵師をチェックしている。ゆるい。線が少ない。かわいい。 ただ、現代のゆるい感じともちょっと違う。 この人を通して知ったのだが、戯画というジャンルがあり、4コマ展とかやりつつ、4コマ漫画という響きに言いようの無い違和感を感じていた自分としては気になるジャンルである。

“戯画(ぎが)は、おかしみのある絵、または戯れに書かれた絵のこと。落書き風刺画、漫画カリカチュアなどと重なる面が多く、これらと明確には区別し難い。”

と、明確には区別し難いが 区別されているのである。言葉にイメージがつきまとっていてそこにあまり合わない時に他のことを探そうとする所がある。それで良いのだ。いつだって単語にまつわるイメージは変わっていく。微妙に微妙に、1ヶ月では気づかないが1年でちょっと代わり、10年で全然違う意味になっていたり、もっと経つと??な状態になっていたりする。XJAPANというバンドのYOSHIKIさんとHIDEさんという人が寺でインタビューを受けている動画がYoutubeにあって、それを見た時に気づいたことだ。おそらく30年くらい前の映像なのだが、YOSHIKIさんとHIDEさんはとんでもない格好で、クリエイティブにやりたい ということを言うのだが、2021年であれば、ぶっとんだことをやりたい という言い回しになりそうだ。 2051年になると ぶっとんだこと という言葉のニュアンスもかなり変わってくるんだろうな。どこかで伝言ゲームみたくずれていくのだろう。

XJAPAN全然関係無くなってしまうが時間がある時に散歩をし過ぎなのでちょっと減らそう。何をやっているのだ。生まれてから今まで人間全員が万歩計を持たされる世界だったと考えると僕は歩数でかなり上位にくると思う。 職業が登山家の人とか、めちゃくちゃ歩く国の人とか、そういう人には負けると思うがそうでは無いアマチュアの世界ではトップクラスに入るかもしれない。 とにかくじっとしている、座っているのが苦手なのである。しかし、面白いことに今こうしてテキストを書いている時は座っていることは苦痛にならない。 意識が動くことに散歩のような効果があるのだろうか。 散歩中毒になっているのは、身体を動かしたいという欲求に加えて意識を動かしたいというのがあるのかもしれない。というかある。そういえばバイクに乗っていた時は無駄にバイクに乗るのが好きだった。あと、子供の頃は一日に風呂に何回も入っていた時がある。それも、特に綺麗好きとかそういうことでもなく、何か風呂に入りたいのである。風呂に入りたい、入りたいと思って風呂に入る。 ぷはぁぁぁ と声を上げる。 当然だが普段はお湯に使っていないのでお湯につかることができる。その時にリラックスし、意識が動く。このことが好きなんだな。気分転換を求めるということだ。一日中同じことをしているもしくは同じ場所にいる。というのは苦痛だ。何か気持ちが沈むような感じで一定に続いていくような感じがするからだ。 そこから気分を変える為に散歩、バイク、風呂に入るという行動をとっていたのだ。

わざわざ散歩せずに気分を変える方法を増やした方が良いな。それを生活に組み込み、無駄に歩きまくる時間を減らそう。 そして制作するものをもっと良くしていきたい。 ただ、やめるというわけではない。散歩の効用もある。新しい角度のことを思いつくことだ。それをこういう風にテキストにすることで追求し研究していこう。 ちなみに散歩しながら追求するのは難しい。ずっと初歩的な所でぐるぐる回ってしまう癖がある。 寝よう。今日は酒飲まない。