2021年6月18日

最近ちょくちょくおやつとして魚肉ソーセージをぱくぱく食べてしまう。もう一本、もう一本、もう一本、無くなった、、、 煙草を一日一箱吸うので節約の為に巻き煙草用のシャグを月に一回買って、無くなると紙巻き煙草に戻るのを繰り返している。この中途半端な節約が毎月のルーティーンになっている。

キッチンで酒を飲みまくる人をキッチンドリンカーというそうだが、僕は換気扇の下でキッチンスモーカーになっている。 キッチンシンク文学という言葉を昔聞いたことがあって、Googleで調べる。と、なんか思っていたのと違う。パソコンの画面をスクロールしてもキッチンシンク文学という言葉は登場せず、キッチン・シンク・リアリズムというワードがでてくる。”演劇、美術、小説、映画、テレビ劇など広い文化領域で起こった文化動向の総称”とあるので、もう少し複合的なムーブメントだったみたいだ。

僕は、Kitchen think キッチンで考える だと 思っていたのだが、 Kitchen sink キッチンシンク だった。Googleに確信を修正された瞬間である。こういうことは結構あるな。Bill EvansのWaltz for DebbyというアルバムをYoutubeで聞いている。なんだか気持ちが良い。魚肉ソーセージでお腹が一杯だからだろうか。なんだか夜の音楽という感じがするのは今が夜だから? 朝に聞くならお気に入りの淹れたてのコーヒーを飲みながらレコードで聴きたいな。 でもコーヒーミルとレコードが無い。 あれば聞くから聴くに変化できるような気がする,,,

パソコンのスピーカーから拍手が起きて、これがライブ盤だったということを知る。 これ、前情報を知らずに音楽のアルバムを聞く時の面白い所だ。お客さんの前で一発で演奏してこれ録っているのか。2021年はなんでも過剰に編集しがちな気がするのでこういうライブ感のことが気になる。人と人の間に入っているものが少ないことで生まれる独特の緊張感や雰囲気。拍手を聞くまで気づかなかったけど、、、 って、この時のお客さんが礼儀正しい人達なのか、この当時はこういう聞き方をするものだったのか、そのどっちもなのか。 演奏中にはしゃいじゃうお客さんとかいそうだ。いたらその声で僕はライブ盤なのだということに気づいたはずである。 そうか、大きめのホールみたいな所で演奏をしていて、お客さんも喋ったりしているけれどその声はマイクに届かないのだ。だとしたらなぜ拍手の音が聞こえるか。マイクがもう一つあって、それは拍手専用に録音をしているのである。 間違ってるかもしれないが空想を広げる為にあえてGoogleで検索しないでおく。そんな夜も良いね。 明日は雨の予報がでている。 早起きして、布団の上で柔軟体操をするのが目標。 大きく伸びをして、頭でブリッジをする。僕は特定の姿勢を何時間も続け、身体がこわばった状態から身体をゆっくり反らせるのが好きである。これからはしばらく作ることがデスクワークになっていくので、身体にも気をつかっていく。 あとは、日本語をいくつかの言葉にわけていくことだ。 利益語/研究語/音楽語/詩語 みたく僕は分割して思考していくのが良いのではないかというのに気づいたのだ。