2020年7月3日

さとしの絵のタイトルを決めさせてもらったりした! ノリノリだ。なんとなく、成功より成長を目指したいなと思った。 バリバリにやってると成功への道筋を示してくれる人がいて、それはそれで有り難いことなのだろうけど、あくまで、成長へだけ進んでいきたい。 さとしは絵描き辞めて芸術家になるという!  なんでも勝手に辞めて勝手にはじめよう。 結局昨日も今日4コマは描けなかった。何にも予定通りにはならないなぁ。 それでも今はどんな日だって愛しく思うことができる。 人だけが物事に意味を作る。 良い方に、悪い方に、 意味を使いこなそう! 意味の操作に踊らされないようにしよう。 それよりも自分の作った意味の上で下手くそなダンスを踊ろう あなたのずれ方はあなたの良いところ。 それを理由に悲しんだりしなくて良いし、それを使って人を責めたりしないようにしようっと。 ゆとり世代で良かったなぁ。 ちゃんと、心にゆとりを持たないとね

シリアスになりがちな人はもう少しシリアスのスケールを大きくした方が良いね。シリアスの向こう側にもポジティブがあると思うね。やりたいことが無さ過ぎてある人だっていると思うね。 歌が上手く歌えなくて歌い方を見つけた人だっている。 パンクっていうんだよ

さー気楽にやっていこう 想像つかないけど自分もおじいさんになる日が来るんだよなぁ そんな時に何ができた人になってるかな。自分のことだけじゃなくて友達も何をした人になってるかな。 何かはしてると思うんだよなぁ。もう何かはしたとも思うんだよなぁ。 そんな、した気になった日をちゃんと積み重ねればしたことになると思う。

朝から夜のグラーデーションがその日の隣に… それはいつまでたっても何にも変わらないくだらなさなのか 普遍的な美しさなのか それは僕にとっては僕の脳味噌とか言葉が決めるしかない。 どんどん綺麗な方に決めつけていく。

綺麗事とリアリティが反比例するなら、その世界をもう一回捉え直さないといけないんだ。これも綺麗事なのかな?自分だけのリアリティを書いていく 少しでも比例するようにしていこうとするのがつとめなんじゃないのかい 生まれた時からなんでも揃ってたんならそれぐらいしかできない。 満ち足りた不幸せさに足りないものは?? それを考え続けたい 具体的な形にならないモヤモヤした考えを持つことだって立派な仕事だ。 焦りと恐怖だけから生まれた具体的な形ならいらない。 今日楽しかったな。思い出は見えないね 聞けないし 嗅げないし 触れないし 食べれない それでも思い出すとクスッと笑えたり幸せな気持ちになるのは何でだろう。 人間は思い出を繋いでいく生き物なのかな