2020年5月19日

写真を沢山撮った。ただの住宅街にも色んな風景がある。 コンクリートジャングルとは言うけれど、 色んな所にミニチュアな自然もちゃんとある。それは建物に住んでいる人が植木という形で表現をしていたり、都市計画の一環としての公共的なことであったり。 写真を撮ると今まで自分がどういう風に見てきたか、どういう風に見方を変えることができるかというのを考えるようになる。

他にも、楽器をやるという意識で音楽を聞くと、音楽の聞き方も変わってくる。ギタリストとして自分を意識すれば、音楽の文化的なジャンルというのがそうでない時より少し薄くなる。踊ろうという意識もそうだなぁ

やったことは無いけれど、DJもそうなのかもしれない。人に聞かせる、シェアするという耳で音楽を聞くのも面白そうだ。ビートメイカーもすごい。それ自体で完成というよりは、ラップをのせたい、完成させたいとラッパーが思うラインのものを作るっていう、ものすごい高度なことをやってるんだなぁ。 完結しているけれど、そこから発展させる余白を作る

写真に話を戻さなくては。 行ったこと無い場所に行って写真を撮ることはよくある。 記念に撮らなきゃ、、みたいな感じで記録として撮っておきたいのである。 でも大抵は記念写真になる、というかそれでいい。

逆に、いつも通る道の写真、もう既に見慣れたものを撮ってみる。 この場所は、行ったことが無い場所に比べると興味が薄い。 そうすると、アングルを変えようとか、もっとズームして撮ろうとか、そういう工夫が自然とでてくる。既視感の中から興味を持てるバグを見つけようとするのだ。だからか、今日撮った写真は、かなりグラフィカルな感じだった。ずっと見てきた被写体を要素としてどういう風に撮れるかという実験。 これが、ニューヨークの、タイムズスクエアとかだったら、要素として見るのは中々難しい。 あぁすごい、タイムズスクエアだ みたいな気持ちだけで延々と普通のタイムズスクエアの写真を撮ろうとするだろうな。

「興味を持てるバグを見つける」っていうのは結構、アツい技術かもしれない。それがあれば平凡や退屈の中にも旅行みたいな気分を見つけることができるようになる。 その技術が無いと新しいものがどうしても必要になってくる。 絵と並行してもう少し写真も撮ってみる。