2020年12月17日

ゆらぐ、朧げな、柔らかい作り方と スタイルのある、ストレートな作り方とわけるようにしたのだ。 この二つは根っこをわけて考えることしかできないともう何年も考えて、思った。これは誰にとってもでは無いかもしれないが自分にとっては1年や2年で変わること、ないだろうな。

一貫性を求める人と変わり続けることを求める人がいる。 わかりやすく。簡潔に。そんなに小さい声じゃ聞こえないよという人と、 静かにしてよという人がいる。 人に対してならわかる。 この人がどういうことが好きでどういうことが嫌いか、 誰でも、なんとなくそういう所に合わせて暮らしていると思う。

これが、人がいないというか、なんだろう。自分と向き合って、とか、他人の目をそんなに気にせずに作るという時に自分は困ってしまった。 特定の誰かに対さない時に浮き彫りになるのはいつも自分の空っぽさだった。空っぽじゃないとすると、色々ありすぎて何をしたら良いのかわからないという。それって空っぽみたいなものだ。 作ることがそもそも持っている相反する性質に飲み込まれる。 それらを統合するのだというありきたりだが正解っぽいアイディアを試しても何度も裏切られた。

「象徴と抽象」 の二つを作ることではやることにする。 それぞれ別物として考えて作っていきたい。 バイリンガルの人やスイッチヒッターの人なんかもいるんだからやればできるはずー