2020年12月10日

今日は木曜日。 木曜日って何なのか。月火水木金土日 という曜日の名前や並び方にはどんな意味があるのかとか、そういうこと考えたり話したりした日は遥か昔のことになってしまった。

今日は思い出トランプという本を読み終えて、やっぱり活字が好きだなーって思った。 言葉は全てにアプローチできるものだというのを、綺麗な文章を読むと実感できる。 未来に思いを馳せることもできるし、過去を思いだすこと、今何が起きているか、 はっきりと断定することもできるし、ぼやかすこともできる。 本当のことを言うのも、創作された話を言うのも、いや、書くのもか、 要領を得ないのか価値のある遠回りなのかなのかも言葉が決める。

僕の書けない、これから書く訓練をしたい文章がわかってきた。 それが、言葉にし辛いものを言葉にすること。 それは言い辛いことを言うとかではなくて、 暮らしの中で言葉にするのが向いていないことというか、 例えば会話。 その辺 とか あの辺 とか、そこのボコッとした所とか、 ばぁぁって真っすぐ言って右 みたいな方が変に詳しい説明よりわかりやすかったりする。 ただそれを文章に起こしてみると、もうちょっとなんとかならないかとか、同じ言葉でも会話に使う頭と手紙に使う頭、 耳にくる言葉と目にくる言葉では大きな違いがあると思う。  耳にくるのは雑草という呼び方で良いのだけれど、目にくるのはもう少し、拡大して見ていくということをしたい。 木曜日っていうのが何なのかは文章にした方が良い気がしてきたな。