2020年11月3日

絵を描いて暮らすならと思って、大して興味があるわけでもない美術の勉強をしていた時の感覚的なノウハウが今の自分に息づいている。 興味があるからどうするではなくて興味自体をどうするっていうメタ的な視点を持つこと。 どうしたら目の前の物や起こっていることを好きになれるか。 生きているうちには数えきれない数の出来事やモノがあって、その数え方をどうするかっていう。

大して明るい人でもない自分でも数えていくうちに明るくみたいと思ったわけだし、そうやって疑問を抱いて抱いて咀嚼した明るさが間違いだったら信じていることは人は呼吸をしたり生まれたり死んだりするっていうことくらいだな。

明るさと軽さを混同され、暗さと重さを同じことと思う人がいるのかな。

何かがあったわけでなく生まれてから今までの周りを横目で見て察知した雰囲気からそういう風に思う。

目の前に二択があって、明るくて軽い人になるか、暗くて重い人になるかがあったなら迷い無く重く沈んでいくだろうな。

ただそんな見せかけの二択は誰が決めたんだろう。 難しくなってる時にそっと指針を示してくれる人や自分の神経質さを忘れさせるほど笑いを持ってきてくれる人の持っているものは重い明るさだった。

大して何にも自信なんてないけどそれだけは他人のことながら自信におもう。 自信の自の字をどこまで広げられるかな。 10年後の自分が思うことを思っている人はきっと今より多いはず 10年後を知らないけどそう信じてる。