本当に数字が多い世の中で、自分の人生を肯定する為に数字を使ったりする、やれるだけやったと思いたかったり、頑張ったか頑張ってないかをそこで見ようとしたりする。それが苦手な人はやらなくても良いというような選択肢は残っていないのでしょうか。全てを振り切るのは無理だけれど、極限までやっていないような人でいたい。極限までやらないなら気にならないんだろうなー。そういうのが嫌だって言うことは、どこかで「そういうの」を気にしているっていうことになる。これからは自分にとって大事なものだけ見ているようにしよう。

目を開いて何も見ないような感じでいたい。不条理や、嫌いなものや、タブーが溢れていて、ゲスだけれども、自分はそういうのを馬鹿にしてる人が好きで、自分も結構そのタイプだ。ただ、アートワークにそういう部分を入れ込むのを不自然に感じて、そうしないでいる。人間として、と、アートワークとして、が、少し分離しているところがある。元々エンターテイメントよりも人間と作るものが一致しているのが好きなので、、  人を変えるべきか、アートワークを変えるべきか。 今はどちらかというと、人を変えようと思っている。ただ、変われなそうだという気持ちもある。ペットボトルに半分水を入れて、半分油を入れたのが今になっている。いや、それが良いのか。

聖人君主か、極悪人か、どちらかの人いるのでしょうか。戦隊物を子供のころは見ていたので、ヒーローも悪い奴もわかりやすい。でもってどちらも何処か正義として、もしくは悪として突き抜けていてわかりやすかった。そんなわかりやすい感じは実際には存在しないのは苦しい。 気分は戦いを見ている村人みたいな感じでしょうか。 ひとつ決めたことは頭をどんどん悪くしていって、単純になっていこうということ。

こないだ心拍数の話をこいけんさんに聞いて感銘を受けた。