100個目の日記

この日記が100個目になる。 今日はNAVER SAY DIE SPIRITステッカーが100枚届いた。 なんというか、”強い”ステッカーになったと思う。目立つというか、存在感があるというか。 人間は”顔”に反応するって聞いたことある。 もうちょっと大きいサイズだったら描いた時の気持ちやテクスチャが前面にでてきたのになぁとも思う。 でも、良いね。このサイズ。持ち運び用サイズで、ポップな雰囲気がある。横70mm,縦65mm。 正方形でも良かったかも。原画が横長だったからその比率に合わせたわけだけど。

ドローイングが読めるものになった時、貼れるものになった時、着れるものになった時、穿けるものになった時。息子が就職したような感じか。自分の手を離れて旅立っていく。 これはなるべく多くやっていこう。そうすることで自分のドローイングについての意識も変わるような気がする。見え方が変わったり。デザインみたいなことをいうと、絵として良いものがTシャツとして良いものじゃないし、と思う。ドローイングの段階ではどうでもよかったような絵が別の側面を見いだした時に価値のあるものになってたりする。そのことには興味がある。ギターのパートだけではわけがわからなくても、曲としてそのフレーズが入っている時に大きな意味があったりするように。あえて簡単に弾くこともあるんだろうな。

描いた後それをどう使うのかということまで考えていこう。それが自分の絵との向き合い方と思った。あと、活動って気持ちは消してしまおう。ラップが好きでラップしてるだけの人になろう。 それならステージに上がったってステージを降りている時だって同じことなんだ。生まれた時から活動してたような気もするし、まだ活動がはじまってないような気もしてくる。生きているのが仕事みたいに思う時もある。要は、名前を作ってその名前の時は絵を描くとか、そういうことじゃないんだな。単純に生きていることに結びついているってこと そういうやり方とあり方でいよう。 というか、いよう。なんて決意がなくてもそうなってるしこの後もそうなる