振り返り

朝起きて自分の絵を見たら ぬおっ って思った。あの、ぬおっ というのが何なのかわからないけど、何か感じるものがあった。
今日から別の日に変わるとまた感じるものが変わってくるという、もう当たり前になったことが気になる。

ぬおって感じない絵もあったけれど、また、1ヶ月後になったらどう思っているのかはわからない。それは中々面白いことである。 絵を描く時と同じくらい、絵を見る時や振り返る時のことが気になる。 あんまり良くないと感じている絵が明日には良く見える可能性があるし、もっと悪く見える可能性もある。ただ、なぜか、最悪だ! と思ったことはほとんど無い。 4年くらい前は、そんな瞬間が沢山あった。 何なのだこれはと思い破り捨てる瞬間も。 今はそんなことは無いのは、自分に甘くなったのか、力がついたのか。

多分、明日には良く見える可能性 のことを理解したからだ。 明日、良く見えている可能性があるのにそれを破り捨てる必要があるか、と気長に考えているのだろう。

あとは、自分がどうこうではなくて、絵を他人に見せる時、その瞬間のことが最近気になっている。その瞬間が好きかもしれない。もう、今は、ほとんど思いつきでやっているのでこんなことができるんですよとやっているわけではなくて、自分に引きずり込もうとする感じがある。慧も同じようなことを言ってたのを思い出す。

只、今やっているのは、どちらかというと個人的な見せ方であるので、もっとパブリックな見せ方の時に流れる空気みたいなものを実験していきたい。

そういえば、一昨日くらいに、大宮さんにポテズスリッポンを渡した。そうすると今度は別の人が、Tシャツに描いて欲しいという。この絵はまだ未定だけれども。これが面白いのだ。
絵を描くというのは自分のやりたいことの半分で、もう半分は、それをどうするかというものだ。要は、スリッポンに描いたことによって、それならTシャツでも良いんじゃないかといって、絵の使い方が広がる。今、絵の使い方は少なく思われている。大体が、絵を見せて、中々良いね、と、なって、その後に、それでどうするんだみたいなことを聞かれる。 だからこうして文章を書く。

バンドなら、ライブハウスにでるか、レコーディングするかという選択肢だけだったら、僕は少ないと思ってしまう。 もっと場が増えても良いはずだし。それも、場を提供する人、そういう人に頼るのもまた選択肢だけど、自分の音楽性がわかっている本人達が自分なりの場を作るのも、また表現の一つとして面白いと思うのだ。 僕も、場を作る事も意識してやっていきたい。
だから色んな媒体を使ったりして、実験している。 展示だけやっても面白くないと思ってしまうだろう、そこでLINEスタンプや、絵本や、ZINEを持つ。ジャケ描いたり、Tシャツやスリッポンに描いたりして、とらえどころを自ら無くしてくことで、想いもよらなかった場が現れたりするんだろう。 俺はロックだといってロックなライブハウスでロックなライブをするのではなく、スタイルみたいなものは崩さずに別のジャンルや別の場所に近づいていくことをやりたい。

しかし、ただ全てに近づくのではなく、何が好きかと何が嫌いかを理解してすすむ