えIV

今日も沢山描けましたー。 変形画用紙??長い紙はすごい良いドローイング描けた。 やっぱり素材や形が変わると、刺激があって、その刺激が手の動きとかに反映される。 ただ、変える為には、何かに慣れとかないといけないんだなぁ。 真っすぐ進む為には左に曲がった後は右に曲がらないとならない。不意に、昔やってたチューチューロケットっていうゲームを思い出す。 矢印↑→↓←を地面に置いてネズミを穴みたいな所に誘導するゲームなのだが、それも真っすぐ進む為には左に曲がった後は右に曲がらなければならなかった!

今は全くやらないけど子供の頃は良くゲームやってたなぁ。ゲームの良い所は、画面と自分、もしくはあなたがいて初めて始められることだと思った。何気に双方向のメディア?? である。一方で、ニュースというのは自分がコントローラーで動かすことは勿論できないし、自分の、もしくはあなたの都合を汲んでくれることは無いー

もう、中央を決めること自体無理があるんだよなぁ。誰しもがその人独自の感性を持っていて、一般の感性というものは無くなってる。

普通は、普通があると思う人達の妄想で成り立ってる。それで楽しかったり嬉しかったりするのならそれで良いけれど、苦しかったり悲しかったりするならもう真ん中を目指したりしがみついたりする必要はないです。

今は一人一人こそがテレビでラジオになってる。 個人的には、絵を描くということが長く広いメディア性を持っている所が好きだ。瞬間を捕まえて残すことでありながら永遠のゴシップであって、紙とペンか絵の具かマジックかスプレーか唾かパソコンかiPhoneか知らないけど、気持ちさえあればできる徹底的に個人的な行為でありながらそれが世界中に伝わる可能性を持っているという、自分が生まれる遥か昔からある平等な言語なんだなぁ。

明日もたくさん平等な言語の持っている可能性を探りたい。おやすみなさい。どこの国にも夜が来て朝が来る